夢は作業化によってかなえられる

2003年、フリーライターの藤沢優月さんによる『夢をかなえる人の手帳術』が刊行されます。議論を先取りすれば、同書でも夢の作業化が起こっているのですが、注目すべきはその活用の文脈の拡大です。つまり、「デイ/フランクリン・プランナー」はあくまでもビジネスでの活用を主要な用途としていました。それに対し藤沢さんの著作は「自分らしさ」と「手帳術」を関連づけて、つまり第7テーマで扱った、あらゆることを「自分らしさ」の問題として考える女性向け自己啓発書の文脈に引きこんで「手帳術」を論じているのです。

具体的には、藤沢さんの著作はまず「この本は、自分らしい時間を見つけるための、手帳術の本です」と始まります(1p)。そして次のように続きます。

「あふれる情報やできごとに振り回されて、わけのわからないままに時がすぎていく。そんな人生から抜けだして、自分の『心』が本当に望むことに時間を使い、夢をかなえて幸せに生きたい。もっと上手に時間とつき合いたい。この本では、そんなあなたに本当に役立つスケジューリングの方法を紹介します」(1p)
「あなたが本当に満ち足りて生きたいと思うのなら、その答えは外ではなく、内側にあります。今こそ自分の時間と心を見つめ直すときです」(2-3p)

周りの情報や出来事ではなく、自分の「心」が本当に望むこと。第7テーマで幾度も見てきた二分法です。時間管理という日常の些細なことがらが「自分らしさ」や幸せにつながるという考え方も、女性向け自己啓発書によくみられる考え方だといえます。では具体的にはどのように時間管理と「手帳術」と「自分らしさ」は結びつくのでしょうか。

同書の「SECTION1」は「自分のリズムで時間を生きよう」です。「しなければならないこと」に追われ、より早く効率的にと時間を過ごそうとする考え方をやめ、「自分らしいリズム」で時間を過ごしていこうということがまず主張されます(13-16p)。この「自分らしいリズム」をつかむために促されるのが、「自分の過去を振り返る」ことです(20p)。自分に合った時間の過ごし方という「青い鳥」は、どこか遠いところにあるのではなく、「自分の中にちゃんと住んでいる」のだから、それを見つけだそうというのです(21p)。

「SECTION2」は「夢や目標をはっきりさせよう」です。これは、人生の限りある時間を有意義に使うため、「私は、本当はどうなりたいのか?」(43p)ということをはっきりさせよう、そのためには「自分の気持ちを理解する」こと、「心の声」を聴いてみることが必要だという話です(29、35p)。具体的には、「自分のしたいこと、夢、目標、チャレンジしてみたいこと」をリストアップし、「しなければならない」ことではなく「したい」ことを見分けていく作業が示されています(30-33p)。

ここで手帳が登場します。スケジュール表には、まず「いちばんしたいこと」から書き込みます(54p)。新しいことを始めるのにエネルギーがいるという場合は「~週間」というキャンペーン期間を自分に設けて徐々に動かしていくというアイデアも示されています(55-56p)。実際の予定はこの後に書き込まれ、「したいこと」と「しなければならないこと」を、前者を重視しつつ調整していくことが促されています。

藤沢さんが特に重視するのは、「毎日1時間、純粋に自分のためだけの時間」をもつことです(92p)。これを藤沢さんは「灯台の時間」と呼び、「あなたを忙しさの大海から救う時間。押し寄せてくるスケジュールの波に飲まれそうなときに、きちんと立ち止まる時間です。(中略)いったんスケジュールの流れを止めて、今何が起こっているかを観察するために、時間の灯台に登るのです」と解説しています(90-91p)。「うるさい声も急かす仕事もない、ただ自分の心とつながっている『灯台の時間』の中で、夢や目標とのつながりをとりもどす」(99p)ともあるように、つねに自分自身の「心」を重視し続けることが時間管理術、「手帳術」のポイントとされているのです。

藤沢さんの著作ではこのように、自分自身の「心」を重視して夢・目標を実現していく「手帳術」が示されているのですが、同年の、やはり女性の書き手によるもう一つの「手帳術」は、また少し違った傾向をもつものでした。

それがイー・ウーマン社長の佐々木かをりさんによる『ミリオネーゼの手帳術』です。同書のプロローグは「手帳が『わたしの夢』をかなえてくれる!」として始まりますが、藤沢さんのように内面を深く掘り下げて夢を見つけるという向きはなく、時間管理を効率的に行い、生産性を上げればすなわち夢がかなうという考え方が示されています。

具体的には、「わたしがするべきこと」「わたしがしたいこと」「わたしが考えること」などをすべて書き込んで(19p)、「自分の時間を目に見える状態」(32p)にし、それを効率的にこなしていくことができればそれは「自分がやりたいと思っていることができた」ということで、自己満足度も上がりハッピーになれる(30p)、というのが佐々木さんの考え方です。非常にシンプルですが、「手帳術」を通した時間管理が、単なる生産性の向上だけではなく、自分自身の満足と幸福にもつながるのだという主張は、それ以前の(特に男性の手になる)「手帳術」には見られないものでした。藤沢さんと佐々木さんが切り拓いたものは、「手帳を通して幸せになれる」という、手帳の新たな可能性と方法論だったといえます。