日本野球に欠けている「データ」
しかし、その進展は順調でもなければ早くもない。いまだに、野球解説者の中には「投手は走り込まないと」「打者はレベルスイングで」と言う人がいる。
テレビの野球中継では「OPSというのはメジャーリーグでも重要視される最新の指標です」といまだに言っている。アメリカでOPSを重視したのは20年も前のことだ。
プロ野球にも、得点効率を考えずにバントを多用する指導者がいるし、失敗した選手に「罰走」を強いる指導者もいる。プロ野球がそうだから、アマチュア野球は推して知るべしであり、甲子園に出場するために投手に投球過多を強いたり、パワハラ、暴力を振るう指導者もいる。少年野球ではいまだに、選手の前で平気で喫煙する指導者もいる。
これらの現状は、日本野球に蔓び延る旧習(「反知性主義」とするのは言い過ぎかもしれないが)がいかに根深く、しぶといかを表している。
しかしながら、こうした状況の責任が、旧来型の指導者、関係者たちの不作為や怠惰のみにあるとは思わない。野球界に情報化の波をもたらした専門家たち、そして野球界全体も、急速に進展しつつある「データ野球」の現状を広く一般に周知させ、選手、指導者、さらには野球ファンの意識をアップデートさせることに、あまり熱心ではなかったからだ。
プロ野球の「閉鎖性」
その原因の一つには、日本のセイバーメトリクスやバイオメカニクスなどの研究が、B2CではなくB2Bで発達したことがある。クライアントに向けた情報発信が主であり、野球ファン向けではなかった。
一方で、本書で何度か述べたように日本のファンには、アメリカのような「数字で野球を楽しむ」文化、さらには「ファンタジーベースボール」のようなものが根付いていない。専門性が高い知識に食いつくファン層が少なかったのは事実だ。
しかしもう一つは、日本のプロ野球の「閉鎖性」にある。野球のデータ化に関するB2Bの情報は、あくまで依頼主たる球団、選手のものであり、一般に公開するものではない。情報の共有化はあり得ない話ではある。つまり、日本のデータ野球の成果物は、各球団が保有しているだけで、広く共有されるものではなかったのだ。
そうなった大もとには、MLBとNPBの経営スタイルの違いがある。MLBでは、国際化や情報化などの大きな方針は、コミッショナーを頂点とするMLB機構が決定する。国際化でいえば「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」の開催がそうであり、情報化でいえば「スタットキャスト」の導入がそうだ。
MLBは、機構としてMLBの情報化を進展させるべく全30球団の本拠地に「トラックマン」(のちには「ホークアイ」)を設置し、この機器を基幹とする「スタットキャスト」を構築。全30球団で共有するとともに、公式サイトにこのデータをオンタイムで公開した。