アベノミクスの影響と新たな課題とは

2008〜09年のリーマン危機の時期に、アメリカと日本との間で極端な貨幣拡張が起こった。米国では住宅金融が過剰に行われ、住宅ローンが返済不能になるケースが増えた。これを受けて、米国の中央銀行のFRBが住宅ローン担保証券を大量に買い取り、米国の貨幣供給量(マネタリーベース)が大幅に拡張した。

日本の日銀総裁は円高好み、緊縮派が続いていたので、このアメリカの貨幣拡張はドルの価値を下げ、円高を引き起こした。慶應義塾大学の野村浩二教授が指摘するように、1990年代後半から続いていた円高の傾向を助長したのだった。これがアベノミクス開始まで継続していた日本経済のデフレと停滞の基本的な原因だったのである。

円高とデフレから日本経済を救ったのが、黒田総裁の異次元緩和を柱とするアベノミクスの金融政策だった。安倍晋三氏の首相再登板がわかると、首相就任前にも株価、景気が上向きに転じた。もっともいい期間を4半期データで比較すれば、約500万人の雇用増加が見られ、全期間で見ても約470万人の雇用増を達成したのである。世界全体が景気沈滞、いわゆる長期沈滞に陥っていたにもかかわらず、日本の景気がよみがえったのだ。日本経済の復活により、外国に流出していた国際投資が日本に戻り、それとともに新しい投資にともなって生ずる――これを専門家は「資本に体化した」という――技術進歩も戻ってきた。

ところが、新型コロナウイルス禍後、日米間の金融政策の状況は正反対になった。ドナルド・トランプ前大統領の富裕層向け減税とジョー・バイデン大統領のインフラ投資により、米国ではインフレが生じた。これを抑えるために、FRBは金融引き締めと金利引き上げに動いた。

一方、日本は、日米金利の状況が反転したのにもかかわらず、アベノミクス時代の低金利政策をつづけ円安を加速させている。日銀は6月の政策決定会合で金利体系の正常化と引き締めに向かう姿勢を見せているが、円安はなかなか止まらない。

日本銀行の植田和男総裁。浜田氏は「日銀は引き締めに慎重だ」と指摘する。

日銀はデフレ期待が払拭されるまで待とうという姿勢だが、今の情勢では日銀は引き締めに向けて慎重でありすぎるように思う。私が「金利を上げよ」などと言うと、「浜田は昔の意見と変わったのか」と問われるかもしれないが、日米の金利が逆転した現在、為替レートを適度に安定させるには、長期・短期の金利を引き上げていくしかないのだ。

アベノミクスの始まった頃と今では、日本と世界(特に米国)の金融情勢が全く変わったのである。ケインズが言ったとされる、「状況が変われば、私は意見を変える」という言葉を思い出す。