家族との間の思い残しはなくす
私が死ぬときに後悔することに関する本を出版した後のことです。出版社が読者に「死を前にして何に後悔するか」というアンケートを取ったところ、家族関連についての解答がとても多かったのです。家族や大切な人との間での思い残しは、多いのかもしれません。
家族に「愛している」と言うのに抵抗を感じる人もいるでしょうが、ならば「ありがとう」と言ってほしい。私はそう思っています。
横倉秀二さん(仮名)という70代後半の患者さんがいました。某大学の教授を務めたこともあり、性格は気難しい方と評判でした。大腸がんの手術を勧められても、断固拒否。がんが進行し、お腹も腹水がたまって膨れるようになりましたが、「僕は病気じゃない!」と言い張るのでした。
やがて嚥下も困難となり、誤嚥性肺炎を起こしたのです。
横倉さんは出身地の秋田に兄と妹がいるそうですが、常々「家族に連絡をするな!」と言っていました。事情はわかりませんが、数十年も会っていないそうです。しかしこの状態ではと、皆で悩み話し合った末に、お兄さんに連絡をしました。
翌日、80代になるお兄さんが病院を訪ねてきました。すると、呼吸状態も悪かった横倉さんに元気が出てきたのです。小康状態になったこともあり、お兄さんはいったん秋田に帰りました。
1カ月経ち、2カ月が経ち、横倉さんの病状が悪化。再びお兄さんに連絡を入れました。
病床で兄の姿を認めた横倉さんの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちました。
翌朝、お兄さんが、「先生、秀二がね、『ありがとう』と言ってくれたんですよ。悪態ばかりついていた秀二が。嬉しかったです」
横倉さんが亡くなったのは、それから数時間後。安らかな死に顔でした。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。