地域によっては所得と幸福の関係があるとされたが…

しかし、この仮説は、本当に正しいのだろうか。本当に、所得が増えても幸福度は上がらないのだろうか。イースタリンは、米国と欧州11カ国と日本のデータを用いて分析したが、1995年以降、イースタリンの説明に挑戦するさまざまな研究が現れた。

所得と幸福度の関係は、地域によって異なるのではないか。M・オプフィンガーの研究は、次のような結果を導いた。東欧諸国、中東・北アフリカ諸国、およびラテンアメリカ諸国では、所得と幸福度のあいだに正の相関関係がある。これに対して西ヨーロッパ諸国とアジア諸国では、所得と幸福度の関係は見出せない。

米国およびカナダ、オセアニア諸国、サブサハラ(サハラ砂漠より南の地域)・アフリカ諸国では、所得が幸福度に与える効果はマイナスになる(*4)。このように、世界の諸地域で、異なる傾向があることが分かった。

R・ヴェーンホーヴェンとF・ファアグンストは、67カ国のデータを調べた。すると世界全体で、所得(1人当たりGDP)の伸びと幸福度の上昇には正の相関があることが明らかになった。諸国の傾向を平均すると、1人当たりの所得が年率で1%増加すれば、0〜10段階評価の平均的な幸福度は、0.00335上昇する(*5)。所得と幸福度のあいだには、わずかな正の相関関係がある、という結果が出た。

(*4)Opfinger, Matthias (2016) “The Easterlin paradox worldwide,” Applied Economics Letters, 23(2),pp. 85-88. この研究は、2005年の所得と幸福度のデータのみを用いている。
(*5)Veenhoven, Ruut and Floris Vergunst (2014) “The Easterlin illusion: economic growth does go with greater happiness,” International Journal of Happiness and Development, 1(4), pp 311-343.

写真=iStock.com/MicroStockHub
※写真はイメージです

「所得と幸福度のパラドクス」が存在しない国もある

しかしイースタリンは、こうした研究に反論した。イースタリンは、2017年に新しい論文を発表し、新たなデータを用いて自身の仮説を検証した(*6)。所得と幸福度のパラドクスは、存在するのかしないのか。やはり存在するというのが、イースタリンの主張である。

幸福度の指標にはいろいろあるので、どの指標を使うかによって分析の結果は異なるだろう。イースタリンが用いた指標は、一般的に用いられている主観的なウェルビーイングの諸指標(カントリルラダー(*7)を含む)である(*8)。そして所得は、1人当たりの実質所得である。イースタリンは、現在用いることができる指標のなかで、最もポピュラーなものを使っている。

イースタリンによれば、短期的には、所得と幸福度は相関する場合がある。また、経済がひどく落ち込んだのちに回復する局面では、所得と幸福度のあいだに正の相関を認めることができる。例えば、社会主義から資本主義に移行した東欧諸国では、所得と幸福度のあいだに、正の相関関係がみられる。スロヴェニアでは、資本主義に移行した後、約20年にわたって、所得と幸福度のあいだに正の相関がみられた。

しかし、こうした状況に置かれていない国はどうか。

(*6)Easterlin, Richard A.(2017)“Paradox lost?” Review of Behavioral Economics, 4(4), pp. 311-339.
(*7)考えうる最良の生活を10、最悪の生活を0として、現在の生活を0から10までの11段階の尺度で評価することを求める質問。
(*8)Easterlin(2017)。イースタリンは、さまざまな幸福度指標を調整した長期の指標を用いている。