直接話法か、間接話法か

もう一度書く。世界はグラデーションだ。視点によって見えかたも変わる。そのうえで僕は断言する。『オッペンハイマー』は傑作だと。

『オッペンハイマー』のアメリカ公開は2023年7月21日から始まった。つまり一年近く前だ。それから一カ月強が過ぎた9月下旬の発表では、興行収入は全世界で9億1200万ドル(約1350億円)を超えて、伝記映画としては『ボヘミアン・ラプソディ』を抜いて歴代1位となった。

さらに、今年3月下旬に授賞式が行われた第96回アカデミー賞では、作品賞と監督賞を含む7つのオスカーを受賞したことが日本でも話題になった。ところが日本ではこの時点で、まだ(基本的には)誰も観ていない。

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普通の映画公開のサイクルならば、遅くても昨年秋には公開されていたはずだ。でも公開されない。遅れているということではなく、日本ではこの映画の公開はできないらしいとの情報を、この時期にネットなどで頻繁に見聞きした。

理由のひとつは、広島、長崎への原爆投下や悲惨な被害の実態を直接的に扱うシーンがないとの言説が流通したから。確かにそれは事実だ。でも核兵器の恐ろしさを描いていないとの結論は当たらない。直接話法か間接話法かの違いなのだ。そう思って試写会で僕はこの批判に反論した。

弱い人間、オッペンハイマー

そしてもうひとつの理由は、原爆投下を想起させる合成画像のネット投稿(インターネット・ミーム)に、同時期に公開された映画『バービー』のX(旧ツイッター)公式アカウントが示した好意的な反応に対し、日本国内で批判が相次いだから。

冷静に考えれば、インターネット・ミームについては、映画そのものには何の咎もない。『バービー』の宣伝担当者が無知で不謹慎であったことは確かだけど、それは『オッペンハイマー』を封印する理由にはならない。

そもそも『オッペンハイマー』はどのような映画なのか。第2次世界大戦中に「マンハッタン計画」を主導して「原爆の父」として英雄視されたJ・ロバート・オッペンハイマーは、世界を破滅させてしまうかもしれない兵器を自分が作ってしまったことに激しく苦悩し、日本が降伏して戦争が終わった後は、一転して核軍縮を呼びかけた。ただしその行動はわかりやすくない。中途半端なのだ。クリストファー・ノーランはオッペンハイマーを、徹底して弱い人間として描いている。