在留資格を取るために飲食店を開業
僕がときどき行く店もやはり「カリカ」を冠しているが、そこのママさんもバグルン出身だ。
「カリカはヒンドゥー教でカーリーって呼ばれる女神さまのこと。人気の神さまだからお店の名前にする人が多いね。そっちの意味もあるけど、バグルン出身の人はこっちのお寺をイメージして名前をつける人もいっぱいいるよ」
そう教えてもらったのを思い出す。さらにバグルン・バザールを歩いていると、声をかけてきたのは台東区でカレー屋を経営しているというクマルさんだ。彼に誘われ、バザールの中にあるネパールスタイルの居酒屋にやってきた。セクワという焼き鳥が山盛りで出てきた。クミンやターメリックなどでマリネして、炭火焼きにしたやつだ。
「弟に持たせた店で、オープンしたばかりなんです。その準備もあって、いま一時帰国しているところで」
弟もやはり日本行きを考えていたが、ビザが下りなかったそうだ。
「いま日本は、コックのビザ難しい」
クマルさんはため息をつく。コックはおもに調理の分野で「技能」の在留資格を取得して日本で働くわけだが、そのためには現地でコックとして10年以上の経験が必要だ。これを証する書類の偽造が横行してきた。実在しない店の在職証明書がばんばん出回ったのだ。
そのためいま日本の入管は、ネパール人コックに対するビザの審査を厳しくしている。それなら、こうして「実在の店」を用意すれば、年数はともかく家族親戚に「職務経験」を用意することができる……。クマルさんにはそんな思いもあるようだった。
「出稼ぎするか否か」という深刻な葛藤
ともかく日本行きが叶わなかった弟、日本ではコックからうまく立ち回って経営者になっている兄、さらにサウジアラビアで建設作業員をしていたという友人、「俺は絶対にネパールに留まる」という人も現れて、飲み会となった。ロキシーというヒエからつくった蒸留酒が進むたびに、座は乱れる。
「どんどん海外に行って家族のために稼ぐべきだ」
「ネパールのためには海外ではなくこの国でがんばるほうがいい」
「海外で稼いだお金でもっと新しいビジネスをはじめればいいのに、みんな土地の投資ばかりだ。産業がなにも育っていない」
意見は割れ、酒の勢いもあって言い合いになる。国を出て出稼ぎすることが是か非か。日本で「インネパ」を営む人々も、僕たち日本人を笑顔で出迎えながら、こんな葛藤を抱えているのだ。