若い人がどんどん減り、過疎が進む集落も

古びた雑居ビルの2階に小さな教室がふたつ。黒板にはたどたどしい日本語が書かれている。壁には日本の地図や、「あいうえお」の50音表も貼られていた。10代から30代まで150人ほどの生徒が学んでいるそうだ。

「ここで日本語を学んで、沖縄、福岡、広島、大阪などの日本語学校に入ります。向こうで日本語を勉強しながらアルバイトで稼いで、卒業したら日本の会社に入って、家族を呼ぶ。それが生徒たちの目標です」

写真=iStock.com/AnnaTamila
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留学生を送り込むには、日本にある仲介業者を通すこともあれば、学校同士で直接アプローチし合うこともあるという。学費は12万〜16万ネパールルピー(約12万〜16万円)だが、日本に渡航するとなると、この学校が取るコミッション、航空券やビザ、日本側の学校の入学金や授業料などもろもろ合わせて160万ネパールルピー(約160万円)は必要になってくるという。それだけのお金をどうやって用立てるのか。

「親戚を回って借金をしたり、土地を担保にして銀行から借りたりしますね」

そう説明するクリシュナさんの表情は浮かない。聞いてみれば、どうもこのビジネスに疑問を感じているようなのだ。

「留学生だけじゃないんです。工場や、それにカレー屋で働くために、バグルンからたくさんの人たちが日本に行っています。だから小さな村はもう、働き手がいなくなって、年寄りばかりなんです。おじいちゃんおばあちゃんたちが、日本に行った子供の代わりに孫の面倒を見ている。親の愛情を知らずに育つ子供がどんどん増えている」

村の若者が丸ごと日本に行ってしまったような集落まであるのだという。だから畑は荒れ、打ち捨てられた家屋が残され、老人ばかりでは不便な山間部で暮らせなくなってしまったため、ここバグルン・バザールに降りてくるケースが増えている。

親がいないために非行に走る子供たち

「村では野菜や米くらいは自分たちで育てられたから、お金があまりなくても生活ができたんです。でもバザールでは違います。なんでもお金を出して買わなきゃならない。現金が必要です。だからまた若者たちが出稼ぎに行く」

海外出稼ぎがあまりに増えすぎたため、伝統的な自給自足の社会が崩壊しつつあるのだ。そして取り残された子供たちがなにより心配なのだとクリシュナさんは言う。

「年寄りだけではケアしきれません。親の愛をもらえていないんです。だから悪いほうに行ってしまう子が増えている。ドラッグとか、アルコール依存症とか。地域で大きな問題になっているんです」

僕は日本で出会った何人もの「インネパの子供たち」の顔を思い浮かべた。言葉や文化の壁で苦労していた子ばかりだ。それでも、祖父母のもとに置き去りにするよりはと、カレー屋の親たちは無理をしてでも子供を日本につれてくるのだろうか。こんな問題が広がっていても、「日本行き」を目指すバグルンの人々は多いし、こうして語学学校も乱立している。