一字一句違わぬ論文が売られていた

その一方で違和感があるのは間違いないし、そうだったらどうしようという期待感のようなものも高まってくる。「実行」キーを押す。グーグルの検索一覧に論文を販売していると思われるサイトが列挙される。やっぱりあった!

自分の予想が的中した快感と、宮内君に裏切られた失望感が、ない交ぜの不可思議な気持ちだった。毒を食らわば皿まで。私はそのサイトに各種情報を入れ込み、会員になったうえで、宮内君がコピペしたと思われる論文を500円で購入してみた。それは宮内君の提出した論文と一字一句違わぬものだった。おいおい、文末を変えるくらいの工夫はしてくれよ……。

それも提出の前日に購入し(サイトにはご丁寧に購入日まで記載されていたのだ!)、名前と学生番号だけを変えて、プリントアウトしてあった。翌日、宮内君を呼び出して、確認してみた。「この論文は『ハッピー・キャンパス』(*3)というウェブサイトから購入したのではないかな? そこに載っているほかの人の論文をそのままコピペしたよね」宮内君は不意を突かれた感じで、うつむいて黙り込んでしまった。

「今ならまだ間に合うから、ホントのことを言ってくれないかな?」
「多井先生のおっしゃるとおりです。そのサイトから購入したものを、ほぼそのまま出しました」
「これじゃあ、剽窃ひょうせつになるよね。どうしたらいいかな?」
「来週までに卒論の書き直しをしてきます」

青ざめた宮内君はそう約束してくれた。

(*3)『ハッピー・キャンパス』レポートや論文を学生や元学生などから買い上げて、テーマに沿ってそれを販売しているサイト。サイト内には「先輩から後輩にできることがある」というフレーズも。大学教授にとっては天敵といえるが、サイトはなかなかよくできている。

コピペ論文はかなり減少したが…

1週間後、宮内君はあらためて卒論を提出した。

〈レーガンはハリウッドのB級役者として本格的なキャリアをスタートさせた。また、そのスピーチのうまさが評価され、カリフォルニア州知事を2期務めた。知的には軽量級とみなされたが、人当たりが良くグレートコミュニケーターと呼ばれた……〉と始まる論文の出来の悪さは、明らかに自分の言葉で書いたことを表していた。専門的に見れば、まだリサーチ不足の面もあったものの、新聞記事をまとめ、自分の見解も付していたコピペでないこの論文に対して、私は努力賞にあたる単位を授与した。

なお、2023年現在では「インターネットからどの程度引用されているのか」「コピペ度合いはどのくらいあるのか」を調べるデータベース(*4)を大学側が持っている。ワード文書やPDFファイルをそのデータベースにかけることで、ネット上の文章をどの程度盗用しているかを示してくれる。

多井学『大学教授こそこそ日記』(三五館シンシャ)

その点では、コピペ論文を見つけることは、宮内君の時代よりもはるかに簡単になっている。その甲斐もあってか(?)10年前にくらべて、コピペ論文はかなり少なくなってきている。その代わり脚注の出典情報がアヤシイ論文が増えている傾向もある。

ゼミ生の山口さんは、「1962年キューバ・ミサイル危機におけるイタリア外交の役割」と題したゼミ論文を提出してきた。脚注の出典を読んで、思わずのけぞった。「ミジンコでもわかるキューバ危機」とある。どうやらユーチューブ動画を出典に持ってきたようだ。さすがに、これでは学術的論文にならないことを諭し、ほかの書籍を読むように指示した。それにしても、「ミジンコでもわかる」か。私もこれからは「ミジンコでもわかる」ように教えないといけないのかもしれない。

(*4)データベースターンイットイン(Turnitin)という盗用検出サービスがある。本文をこのデータベースにかけると、全体の何%がウェブから取られたものかを教えてくれる。あくまでウェブ上にアップされたものと照合されるため、紙媒体の書籍などからそのまま書き写した場合は、このデータベースでは見破れない。

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