「信頼関係があればパワハラも教育のうち」なのか

もうひとつは、村田監督の言動を擁護するものだ。

「あそこまできついことが言えるのは、村田監督が選手について本当に一生懸命に考えているからだ。選手だって村田監督の真意はわかっている。はたから見れば、パワハラに見えるかもしれないが、選手と監督はしっかりした信頼関係で結ばれている。高校野球はこうした熱血指導でここまで歴史をつないできたのだから、部外者が、外見上のことだけで非難するのはおかしい」

高校野球指導者、球児を持つ父母、高校野球ファンのかなりの部分が、同様の意見を持っているのではないだろうか。そうした一人は、筆者にこう語った。

「村田監督に叱責されていた選手に、話を聞いてみればいい。ほとんどの選手は『監督は僕たちのことを思って言ってくださっているのだから、ありがたいと思います』というだろう」

要するに「信頼関係があれば、パワハラめいた罵声、暴言も、教育、指導になり得る」ということなのだ。

筆者は数年前に、野球だけでなく多くの高校スポーツ、さらにはダンスや吹奏楽、演劇などの指導者に話を聞く機会があったが、その多くが口をそろえていったのは

「今は、昔みたいに手を出したり、怒鳴ったりすることはできないが、穏やかに言っても伝わらないことだってあるんだ。若い奴には、厳しい言葉で叱らなければ理解できないこともあるんだ」

ということだ。要するに「愛の鞭」と言いたいのだろう。

「教えない、気づかせる、自分で進化する」

しかし、今のスポーツ指導の考え方に拠れば、こうした指導は根本から間違っている。

今年から千葉ロッテマリーンズの采配を執る吉井理人監督は、2018年に『最高のコーチは教えない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を著している。

吉井監督はNPBで89勝、MLBでも32勝を記録した一流の投手で、引退後は日本ハムで投手コーチになったが、2014年に筑波大学大学院に入学し、川村卓准教授の下でスポーツ健康システムマネジメントを専攻。コーチングを学んだ。

「選手を引退してコーチになったが、自分の指導が正しいかどうかわからなかった」からだという。吉井氏は『最高のコーチは教えない』で、「指導者と選手は、経験、常識、感覚が全く違う」とし「上から力ずくのコミュニケーションが選手のモチベーションを奪う」と強調している。

吉井監督は、野球指導者たちが集う「日本野球科学研究会(本年度から日本野球学会に名称変更)」の研究大会に毎年姿を現す。

筆者撮影
2019年12月、法政大学で行われた野球科学研究会第7回大会に参加した吉井理人氏。

筆者が吉井監督に「筑波大大学院での学びで何が印象に残ったか?」と聞くと、「オリンピアンなど、野球以外の競技で実績を残した指導教官の教えが役に立った。野球だけしか知らなかった自分の視野が広がった」と語った。

実は、吉井監督だけでなく、今のプロ野球の指導は「教えない、気づかせる、自分で進化する」のが主流になっている。