質の高い研究が重ねられ、新型コロナウイルス感染症への効果が否定された抗寄生虫薬のイベルメクチン。しかし今も一部で使い続けられている。内科医の名取宏さんは「もともと医療は不確実なもの。効果が証明されなければ使用をやめたらいい」という――。
写真=iStock.com/RapidEye
※写真はイメージです

抗寄生虫薬が万能薬と誤解された理由

以前、「抗寄生虫薬・イベルメクチンが、新型コロナウイルス感染症に著効を示す」という説が広まりました。イベルメクチンは、寄生虫を保持したブヨに繰り返し刺されることで感染する『オンコセルカ症(河川盲目症)』などの病気から多くの人を救い、開発者の大村智先生は2015年にノーベル生理学医学賞を受賞しています。

しかし、後で詳しく述べるように、質の高い臨床試験では新型コロナに対する効果を確認できませんでした。それでも今も一部に「イベルメクチンは新型コロナに効く」と言い続ける医療者、それを信じる一般の人たちがいます。さらに、イベルメクチンは万能薬かのように扱われることもあります。例えば、糖尿病、花粉症、脂質異常症、痛風、がんに効くなどと吹聴されているのです。なかには「ギラン・バレー症候群様の患者にイベルメクチンが効いた」と発信した医師もいました。イベルメクチンは試験管内では抗ウイルス作用があるのでウイルス感染症ならまだわからなくもありませんが、末梢神経障害であるギラン・バレー症候群になぜ使おうと考えたのか、どのような作用機序を想定していたのかさっぱりわかりません。

インチキな治療法が、万能薬扱いされる現象はよくみられます。一つには治療法を売る側は対象疾患が多いほどお金が儲かるからでしょう。イベルメクチンについては、個人輸入サイトを紹介しているアカウントが無責任に効果をうたっていました。もう一つは、自然経過による改善を薬の効果と誤認するからです。薬を使った後に症状が改善しても必ずしも薬の効果とは限らないことを理解しないまま薬を使うと、たまたま症状が改善した病気に効果があると誤認してしまいます。前後関係に過ぎないものを因果関係とみなすのはあまりにも単純すぎます。

イベルメクチンを推す米国団体のツイート

当初の「イベルメクチンは、新型コロナに効く」という主張のなかにも、かなり根拠のあやしいものがありました。2021年11月、イベルメクチンを推す米国の団体の重鎮が「ある国の医師会がイベルメクチンは効果的だと広報した後に、新型コロナ入院患者が激減した」というツイートをしました(※1)。とても印象的なグラフですが、どこの国のものかおわかりでしょうか? じつは、この「ある国」は日本です。

新型コロナ入院患者数が、イベルメクチン推奨後に急激に減ったとする図表。その関連についての説明はない(※1より)。出典=Pierre Kory, MD MPA @PierreKory

東京都医師会の尾崎治夫会長が記者会見で「(イベルメクチンが)まったく効かないという話は、むしろないのではないか」などと述べたのは事実です。でも、その後に日本でイベルメクチンが広く使われたということはありません(※2)。日本では抗寄生虫薬・イベルメクチンの生産量も備蓄量も多くなく、出荷調整がかかっていて、新型コロナに対して処方したくても在庫はきわめて不十分でした。ですから、図表中の2021年秋の日本の新型コロナ入院患者の減少は、イベルメクチンとは無関係です。

新型コロナの感染者数は増減するもの。その後も何度か新型コロナの感染拡大の波が来たことは、みなさんご存じの通りです。日本に住んでいる人なら騙されないでしょうが、日本の事情をよく知らない他国の人たちは新型コロナにイベルメクチンが効く証拠の一つだと受け取ってしまうかもしれません。

※1 Pierre Kory, MD MPA @PierreKory によるポストより
※2 Incidence of and Ivermectin Prescription Trends for COVID-19 in Japan