いまやペットボトル飲料水ブランドの世界トップ2社の時価総額は、どちらも10億ドルを超える。井戸水の一時的な代替策だったものが、2026年には4000億ドルに達すると予測される巨大な急成長市場になったのだ。

だが、本当にペットボトルの水はより安全で衛生的なのだろうか? たしかに、2015年に水道水汚染が発覚したミシガン州フリントの住民なら、そう断言できるだろう。

しかし、そういった例外を除けば、水道水でなんの問題もない。アメリカでは、濾過された水道水の99パーセントは飲用に適している。それどころか、多くの人がペットボトルから飲んでいるのは、まさに水道水なのだ。

もともと水道水なのに…

ペットボトル飲料水の半分以上は処理した水道水と大差なく、業界の2大ブランドであるアクアフィーナ(ペプシコ社)とダサニ(コカ・コーラ社)はデトロイトの水道水を浄水してボトル詰めしたものを売って巨額の利益をあげている。ボトル入りの水を買うことは、この壮大な詐欺に手を貸すことにほかならない。

それでも消費者は懲りていないようだ。2019年のアメリカにおけるペットボトル飲料水消費量は約2000億リットルで、炭酸飲料の合計を上まわった。古いガソリンスタンドやスーパーで一般的に売られている1ガロン(約3.8リットル)ボトル入りの水の価格(ペットボトル1本あたり平均1.5ドル)は、水道代の2000倍にもなる。

それすら最低レベルの価格帯だ。最高級品になると、雲を頂いた日本の神聖な山々の火山岩で濾過されたとか天使の涙をりすぐったなどと言われ、コップ約3杯分で5ドル前後からの値段がつけられる。

カナダのアクアデコは12ドル。ハワイの爽やかなコナ・ニガリで贅沢したいなら、402ドル。本当の通だったら、24カラットの純金ボトルから飲むアクア・ディ・クリスタロ・トリビュート・ア・モディリアニに6万ドル出すのも惜しまないだろう。

「集団の思い込み」はガムのように粘着する

ボトル入り飲料水現象は、現代のチューリップ・バブルだ。

トッド・ローズ(著)、門脇弘典(訳)『なぜ皆が同じ間違いをおかすのか 「集団の思い込み」を打ち砕く技術』(NHK出版)

詐欺同様の根強い商売に何千億ドルが消費されることは置いておくとしても、大量のプラスチック生産にともなう地球環境への影響はとてつもなく大きい。ボトル入りの水をコップ1杯分つくるのに必要なエネルギーは、同量の水道水の2000倍にのぼる。

アメリカだけでも、飲料水用ペットボトル全体の70パーセントがゴミとなって土壌を汚染し、水路をふさぐ原因になっている。海に流れ出たプラスチックは、カリフォルニアとハワイのあいだの海面にテキサス州の2倍の大きさの渦を巻いているという。

ボトル入りの水をめぐる熱狂などに見られる幻想の連鎖は、人間に染みついている他者との感情的つながりに乗じて発生するのでガムのように粘着質だ。そのため、罠にかかるときは意外なほどあっけないが、一度とらわれると引き剥がそうとしても非常に難しい。

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