これは投機が過熱している兆候だと気づくのに十分な情報があったが、マッケイは熱狂に身を任せてしまう。鉄道株を推す新聞記事を何本も書き、株価が下がりはじめてもなお読者に請け合いつづけた。

科学技術、自由市場、経済発展の熱烈な支持者であるマッケイが、彼の言う「鉄道網の飛躍的拡大が実現し、国家と投資家の両方に利益をもたらす」という幻想を核とした投機熱に浮かされたのは必然だったのかもしれない。

ところが、コストがかさんだこともあり、最終的な利まわりは10パーセントどころか平均2.8パーセントにとどまった。国会が敷設を承認した総延長も1万3000キロにすぎなかったことも明らかになった。

その結果、鉄道株に投資した何千もの人が莫大ばくだいな損失をこうむった。

「ペットボトル飲料水は安全」という幻想

この投機熱が冷めて3年がたった1849年、マッケイは著書を大幅に改訂した。しかし、自分が火に油を注いだことには言及しなかった。当時のイギリス人の例に漏れず、数年前のこととはいえ、みずからの節穴ぶりと流されやすさを認めたくなかったのだろう。

どこかで似た話を聞いたことがあると感じたなら、それは金融市場の激変の大元にはかならずと言っていいほどこの種の連鎖反応があるからだ。

市場の非合理的な活況(1990年代後半のドットコムバブル)から崩壊(2008年ごろのサブプライム住宅ローン危機)まで、その多くはバブルが弾けて終わる。しかし、なかにはずっと長く残りつづけて新常態を生み出し、よりいっそう破壊的な状況に人々を誘い込むものもある。

たとえばペットボトルの水。1日に200ミリリットルのコップ8杯分の水を飲むと健康にいいと言われるが、それはよしとしよう。ここで問題にしたいのは、魅入られたかのようにペットボトル飲料水を迷わず手に取る傾向が近年高まっていることだ。そこには、濾過された水道水よりも安全で衛生的という考えがある。

ペットボトル飲料水への熱狂は、アメリカで1994年に始まった。この年、環境保護庁が飲用の井戸水に関して注意喚起したことがきっかけになった。井戸のポンプから大量の鉛が検出される事態が続出したため、ステンレス製のポンプに取り替えるまではボトル入りの水を飲むよう井戸所有者に促す内容だった。

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井戸水の代替品が、巨大市場に成長した

ところが、しばらくすると、ペットボトル飲料水は濾過した水道水一般よりも安全だという考えが世間に広まった。

そこに炭酸飲料やボトルウォーターのメーカーは大きな商機を見出し、新ブランドや4月の木々の葉っぱといった新フレーバーを投入して、タダ同然のもの(空から降るのだから)を消費者に売り出しはじめた。