入学してから向いていないことに気づく学生たち
例えば都立高校7校を進学指導重点校に指定する東京都。基準の一つに「難関国立大学等の現役合格者15人以上」を掲げる。ここで言う難関国立大学等とは東大、京大、一橋大、東工大と国公立大医学部。医学部だけは地方の国公立も含め一律の特別扱いだ。こうした風潮を東工大の加藤文元教授(数学)は「頭のよい子だけを集める人試制度が問題」、「最難関の医学部合格は頭がよいことの証明になり、高校も評価される」とみる。
懸念は医学界でも広がる。優秀な人材が医学界に集まること自体は歓迎すべきだが、受験秀才が優れた医師になるとは限らないからだ。人間力も必要となる。さらに言えば、「医師になって何をやりたいか」ではなく「医学部合格自体が自らの勲章」と考える風潮が広がっていたとしたら看過できない事態だ。
地域医療を担う人材の育成を重視する和歌山県立医科大。県内からの入学者は3割程度で、多くが大都市圏の有名進学校の出身だ。宮下和久学長はこれまで、適性に疑問を感じる学生を何人も見てきた。高校や親に勧められるまま受験し、入学してから医師に向いていないことに気づいた学生。血が見られない学生、人体に触れない学生……。せっかく医大に合格しても耐えられず中退してしまったケースもある。
「成績が良い=医学部」という発想はやめるべきだ
多くの大学が受験生に医師の適性があるか見極めようと、入試で面接を課す。だが、たった10分程度で適性や人間力を見抜くのは困難だ。だから宮下学長は機会があるごとに高校に訴える。
「模試の成績がよいから医学部という指導はやめてほしい。将来この生徒になら自分の腹をさばかれてもよいと思うような子に医学部を勧めてほしい」
上皇さまの心臓手術の執刀医として知られる天野篤・順天堂大特任教授は15年から希望した高校生を手術室に入れ、手術や前後の診察の様子を間近に見せるプログラムに取り組む。「本当に医師に向いているかどうか、知りたがっている高校生は多い。不安を解消し、中途半端な覚悟の人には現実を見せる機会が必要だ」と話す。
問題は医学部の努力だけで解決するわけではない。一橋大の高久准教授は「医師以外の理系人材のロールモデルを社会が高校生に示せていないことが根本的原因」と指摘する。経産省の意見交換会報告書によると、国際数学オリンピックの予選通過者のうち、専攻を選ぶ際に重視した項目として「収人」を挙げた割合は数学や物理、工学系の学生の3倍超だった。灘高の海保校長も「高校生からしたら、安定していて世間から尊敬され、報酬が高い職業が医師以外に見えてこない」と話す。
高校生の目線で考えると、身近にいる医師の仕事はある程度想像がつくが、理学系の研究者や工学部出身のエンジニアがどのような仕事をしているのかとなると、具体的イメージがほとんどないのが実態だろう。子どもたちに生き生きと活躍する大人の姿を示し切れない時代。医学部人気からは現代社会の様々なゆがみが見えてくる。