妊娠・出産・育児の知識を教わる機会が存在しない

しかし投資においては、幸い「プロにお金を預ける」という選択肢がある。「投資助言・代理業」という職業があり、必ずしも自分で全部判断し、運用する必要はない。今でこそNISAやiDeCo、そしてネット証券会社の登場により、投資のハードルはかなり下がったと言えるが、これらも含め多くが、プロに手数料を払って運用を任せる形式を取っている。

圧倒的な知識を持っているプロに「代理して」もらうことで、そのリスクを減らすことができるのだ。

これが育児となると、そうはいかなくなる。育児と投資の最大の違いは、「代理業」が存在しないことだ。ベビーシッターなどに任せる手はあるが、あくまで育児の中心は親であり、基本的にその役割や決定を他人に委ねることは難しい。

そして「とりあえずやってみる」というわけにもいかない。妊娠すればそこには一人の「命」があり、「とりあえず1万円だから、投資で失敗しても痛くない」という話ではないのだ。最初から自らの手で進めていく必要があるし、失敗してもなんとかなる、というわけにはいかない。

しかし、妊娠・出産・育児の「知識」を学ぶのは、日本においては非常に難しい。

筆者は産婦人科医なので、卵子・精子から子どもの発達まで、「系統化された知識」としてかなり詳しいところまで知っている。しかし、日本では未だに義務教育で妊娠・出産・育児についてきちんと教えていない。基本的なところすら、知らない方が多いというのが専門職としての実感だ。由々しき問題であるが、少なくとも今の育児世代はその教育システムの中で育ってきてしまっている。

このような「基礎知識不足」からくるトラブルは、枚挙にいとまがない。

気を遣った結果、妻の怒りを買ってしまう

ある父親は、妊娠・出産・育児の知識について、「野球について調べたら、メジャーリーグと草野球の情報がごちゃまぜに出てくる状態」と表現した。「正しい知識と、正確ではない知識が混在している」というニュアンスだ。少しでも育児・出産に関して生じた疑問を調べたことがある方なら、このことの意味が分かると思う。

この父親は、つわりで苦しむ妻に対し、なんとかしようと、「つわり中に食べると良いもの」を調べた。その結果「分食や食物繊維などが良い」という知識を元に、実際に食事を作ろうとした。しかし、妻からは怒りを買ってしまったという。

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妻は産婦人科医から「食べられるものを、食べられる時に食べてもらえれば良い」と言われており、気が向いた時に手に取りやすいお菓子などで対処しようとしていたのだ。ただでさえ食べられない中で、食べにくいものを出された妻が怒るのも致し方ないと思うが、この父親も全く悪気はなく、むしろ積極的に向き合おうとしていた。

確かに、つわり中でも感染のリスクがあるものなど、「避けたほうがいいもの」は一部ある。しかし基本的には栄養バランスより「食べられるものであれば何でも良い」と多くの産婦人科医は指導する。この父親は「食べられないからより気を遣わなければ」と考え、色々調べた結果、まさに妻にとって「食べにくいもの」を提案してしまった。