裸体に豹の毛皮を巻き付けて歌い踊る
「ブランスウィック」は、『禁色』に登場するゲイバー「ルドン」のモデルとなった店である。当時としては珍しく、一階から二階までガラス張りで、二階には、怪しげな南米風ムードがただよっていた。真紅のビロードのボックスには豹の毛皮がおかれ、ささやかな三階のフロアに通じる金の手摺りの階段が設けられていて、夜の帳がおりると、フロアショーが催された。
“ケリー”と呼ばれているマスターは、派手な背広を着て、コールマン髭を生やしたラテンの混血系らしい四十男だった。
ケリーは、明宏が応募してきたことをとても喜んだ。
「明日からきて欲しい。歌手志望なら、フロアで歌ってもいいよ」
店には、“バレエさん”というバレエを習っているボーイがいた。バレエさんのフロアショーが終ると、明宏は彼から衣裳を借りた。明宏は、裸体に豹の毛皮を巻きつけて、頭には金のターバン、手足には鈴という格好で、歌い踊った。
とし若い踊り子がひとり、妖精めいて浮かびあがった。のびやかな脚にバレエ・シューズを穿き、引緊った胴から腰にかけては紗の布を纏いつけたという大胆な扮装で、真珠母いろの肌が、ひどくなまめかしい。
(中井英夫『虚無への供物』)
「可愛くない子だな」の返しに唖然
三島は、「ブランスウィック」の上客だった。
いつものように編集者を連れてやってきた三島は、新入りの美少年に目をとめた。
「おい、丸山。三島先生が君を呼んでるぞ。入店早々、凄いじゃないか」
明宏は、ケリーの言葉を無視した。
取巻き連中から「先生、先生」と持上げられている三島を見て、「ふん、何が天才だよ!」と反感を抱いたのである。
「お願いだから、三島先生の御機嫌をとってくれよ」
明宏は、しぶしぶ三島のとなりに座った。
「なにか飲むか?」
「芸者じゃありませんから、結構です」
「可愛くない子だな」
「ぼくは綺麗だから、可愛くなくてもいいんです」
ナルシストを自認する三島が、この言いぐさには唖然とした。
「もうよろしいですか? あんまり見られて穴があく前に帰ります」
明宏はさっと席を立った。
須臾の間ではあったが、強烈な印象を残した。小生意気で小憎らしくて、妖しいまでの美少年。三島の脳裏には、明宏の姿が鮮やかに刻まれた。