「それはフィッシング詐欺とは違うのか」
「ええ、フィッシングは、例えば金融機関を装って、『今すぐ口座番号と暗証番号を再登録してください』といったメールを送りつけ、偽のホームページにおびき出して、騙された人から情報を盗む攻撃です」
「ガンブラーだと、基本的には正規のホームページだから利用者も疑わないってことか。そりゃあ、引っかかった人は災難だなぁ」と部長。
「いえ、うちもまずいんですよ。うちのホームページでそんな目に遭ったとなれば、信用問題ですからね。被害に遭った取引先に『うちは関係ない』なんて言えますか」
「それもそうだ。社長にも伝えて、すぐに対策をたてなきゃな」
そのとき、藤井君の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「ない、ない、ない!」と言ってバッグの中のスマートフォンを探す藤井君。自慢のスマートフォンをどこかに置き忘れてきたのだ。スマートフォンには、住所録はもちろん、顧客名簿や顧客別割引率の一覧表など、機密ファイルも入っている。携帯電話より多機能な分だけ、情報流出のリスクも大きい。
「で、でも、パスワードでロックしてあるので、とりあえず大丈夫だと思うんですが」
そんなことはない。パスワード解析ツールを使えば、数字4桁のパスワードならほんの数秒で破られてしまう。いつでもどこでも利用でき、手軽に携帯できる利便性とは、裏を返せば、いつでもどこでも情報が流出するリスクと背中合わせなのだ。
「えっ、本当ですかっ」。今度は真央ちゃんが慌てている。
「部長、大変です。今、銀行の担当さんから電話があって。大阪支社を閉めるって本当ですかって言ってるんですけど……」
「な、な、なんでそのことを。閉鎖の発表は来月のはずだぞ」
首をかしげながら電話に出ると、「ええっ? ツイッターですか」。藤井君が先週の販売戦略会議中に何気なく書き込んだつぶやきが、ひょんなことから、銀行の担当者の目に入ってしまったのだ。つぶやきは本来独り言だが、ツイッターのつぶやきは独り言どころか、テレビで放送するようなもの。しかも個人所有の携帯電話で発言されてしまうと、会社側でも情報流出はチェックできない。情報発信の道具がパーソナルになるほど、セキュリティ意識は希薄になりがちだ。しかも、未発表のホット冷やし中華の企画まで漏れていて、「今度の企画も売れそうにありませんな」と銀行の担当者に嫌みを言われる始末。藤井君は、今日も部長から大目玉を頂戴することになりそうだ。
※すべて雑誌掲載当時