立っているエキストラに椅子を2脚持っていき…
スタジオやロケの現場に行くと、大勢のスタッフが働いている。高倉健は入ってくると、まずスタッフにあいさつする。監督、キャメラマン、大道具、小道具の人たちにあいさつして、その後で共演者にあいさつする。
あいさつされるのを待つのではなく、自分から声をかけていく。
『鉄道員』の時、彼が来るのを待っていた看護師姿の女性エキストラが東映大泉撮影所の隅に立っていたら、高倉健が折りたたみ椅子を2脚持ってあいさつに行ったところを見た。
彼はこう言っていた。
「初めまして、高倉です。よろしくお願いします。ずいぶん、お待たせしてすみません。本番までまだ時間ありますから、これに座って待っていてください」
そこにいる人たちは全員、彼が高倉健だと知っている。それでも、あいさつの初めは「高倉です。よろしくお願いします」なのである。それは、「高倉健です」と自ら名乗れば、相手が喜ぶと知っているからだ。
そして、撮影所、もしくはロケ現場に来て、初対面のスタッフを見かけると、誰であれ、彼は必ず「高倉健です」と声をかける。
「一緒に、この映画をいいものにしましょう」という意味を込めて。
映画はチームで作るものだとわかっているからだ。
撮影所に入り、あいさつをした後、必ずセットと小道具をチェックする。撮影の前の儀式のようだ。
カメラが回っていない時の準備がすごい
『あなたへ』(2012年)の撮影で、彼が妻役の田中裕子とアパートの窓から外を見てしゃべるシーンがあった。1分ほどのシーンで、映画のなかで重要な場面でも何でもない。しかし、実際にはそのシーンのために半日かけて撮影をする。
高倉健はセットの部屋に入り、玄関からの動線を確認し、アルミサッシのドアを開けていた。初めての動作だと、アルミサッシを開けるだけで、戸惑いの表情が顔に浮かんでしまうからだ。
そこに住んでいる男としては何気なくドアを開けなければならない。ただし、彼は引っ越してきたばかりという設定だから、あまりずかずかと歩いたりはしない。それもまた演技の準備だ。
それからカメラの位置を確認し、録音技師と話し、監督と打ち合わせする。共演者とも打ち合わせをする。カメラが回っている時だけが演技なのではない。演技に至るまでのすべてが準備であり、演技の一部だ。
スタッフ、共演者を大切にすることは映画をいいものにするために必要なことだ。だから彼は毎回、セットをチェックし、小道具を手に取る。