撮影現場で「絶対に座らない」理由
役になりきるために減量や増量をしたり、歯や髪の毛を抜いたりするアプローチを「(ロバート)デ・ニーロ・アプローチ」という。
高倉健もまたそれに劣らず徹底的な準備をして撮影に臨む。
『四十七人の刺客』(1994年)では入浴シーンがあるから肉体改造をした。時代劇だったから、和服と刀の生活に慣れるために1カ月以上も身に着けて暮らした。
アクションシーンで動ける体を作るために70歳を超えてからもジョギングを欠かさなかった。酒、タバコをやめ、朝食はフルーツとヨーグルト。遅くまで起きていることもなかった。自分を律することが仕事の範疇に入ると思っていたのだろう。
そして、彼は撮影現場でも入念に準備をする。
例えば、彼は撮影現場では絶対に座らない男として知られる。
本人は「気を充実させるため」と答えているが、それだけではない。
わたしは『鉄道員』の撮影現場、東映大泉撮影所へは、ほぼ毎日、見に行った。そうでなければインタビューができないからだ。彼は誰が何回、見に来ているのかまでちゃんと把握していた。
「野地ちゃん、よく来てるね。オレと(小林)稔侍と安藤(政信)ちゃんの次だな」
そう言って、声がかかるとやっとインタビューできるわけだ。
話は戻るが、『鉄道員』の撮影では駅長の制服を着る。しわひとつない制服、ズボンで撮影に臨まなくてはならない。もし、椅子に座ってスタンバイしたら、ズボンにしわが寄ってしまう。彼はそれを嫌った。美意識としても嫌ったけれど、もし、大きなしわが寄るとフィルムに映ってしまう。
スターであり続けるためにほぼ毎日散髪に行く
すると、フィルムとフィルムをつなぐことができない。スターにはアップのシーンがあるから、服に限らず、シーンとシーンがつながる時は同じ格好でなくてはならない。例えば、漁師役で頭にタオルを巻いているとしたら、スターはつねに同じ巻き方で撮影に臨まなくてはならないのである。
彼はほぼ毎日、品川にあった理容室「バーバーショップ佐藤」に行き、髪の毛を整えてもらい、ひげをそっていた。それは顔がアップで映るからだ。ひげが伸びたり、髪の毛のスタイルが変わったりしてしまえばフィルムがつながらない。だから、毎日のように散髪をした。
ロケの場合でも、髪の毛が伸びないよう、1週間に一度は佐藤英明(バーバーショップ佐藤のオーナー)さんに来てもらってカットしていた。
わたしは名人、佐藤英明さんがアフリカロケに付いていったことも本人から聞いた。その後のロケにも佐藤さんは可能な限り時間を作って、高倉さんの髪の毛を切りに行っていた。
どうしても佐藤さんが行くことができない場合は専属のヘアーメイク担当の佐藤さん(女性)がやった。事前に毛のカットの仕方、スタイルの整え方を名人の佐藤英明さんから習って、その通りにやる。
ヘアーメイクの佐藤さんが「私には名人のようにはできない」と嘆いていたことも知っている。