妊娠9カ月で会社を立ち上げ、胎児が発育不全に

「生まれて初めて、近しい人間の死を経験して、ものすごく考えたんです。自分の人生について、自分の死についても。私が死んだ後、世の中に残せるものはあるかと考えたら、私の場合、事業、組織(仲間)、家族だと思ったのです。何をやるかは明確ではなかったのですが、自分の死後にも残る事業をゼロから立ち上げたいと決意しました」

その頃の石根さんのメモが残っている。

「失敗してもいい、どれだけ貧乏してもいい。後悔だけはしないで生きていきたい」と書かれているそうだ。

ワンオブゼムを退職してフリーランスを経た後、妊娠9カ月の身重の状態で、自身の会社、SEAMを立ち上げた。

「私、ワーカホリックで、仕事を抑える限度を知らず……。それに、キャリアも女性としてのライフステージも諦めたくなかった。そんな状況で会社を立ち上げて、毎週あちこちへ出張にも行っていました、まったくもって“アホ”としか思えません(苦笑)」

関西出身の石根さん曰く“アホ”な行動は数々ある。

しかし、妊娠後期の“アホ”は笑い事では済まされない。働きすぎから食生活が不規則になった。お腹の胎児に栄養が届かず発育不全になってしまったのだ。

「自分のせいで子どもが小さく生まれてしまうかも知れないと知ったときには、人生で二度目の後悔の嵐でした。ドクターに、『とにかくたくさん食べてください』と言われました。そんなに量を食べられる体質でもなく、なんとか効率よく栄養を摂れないかと思っていたときに勧められたのがお漬物だったんです。イマドキのお漬物は塩分控えめで、乳酸菌も多いので、栄養価が高い。でも添加物が多いのが難点です。そこで無添加のお漬物がないのなら、私がつくればいいということで『和もん』というお漬物の開発を考えました」

そこには、前述のとおり、父の心身が弱り、栄養失調気味が一要因で亡くなってしまったという背景もある。

「人間はちゃんと食べるものを食べて、栄養をとっていれば、生きていける。ただし、今は食べ物があふれている。こだわりや、精神的満足度、幸福度を満たす食があることが大事。そこで『ココロとカラダを満たす食体験』をSEAMのコンセプトとしたのです」

低アルコール飲料を大きく仕掛けたい

また、和もんに続き、低アルコール飲料事業もプランニングした。父の命を奪ってしまった一因でもあるアルコールだが「正しく飲めば、緊張した心身をリラックスさせますし、人と人とのコミュニケーションをスムーズにします。お酒は本来人間に幸せをもたらすもので、何より私自身、お酒が大好き。だからこそ、ノンアルコールではなく、アルコール商品をつくりたかった」

しかしお酒の事業はお漬物に比べると、各種免許の取得が必要になるなどハードルが高い。まずは無添加漬物をリリースした。しかし、お漬物では自分と家族が食べていくだけのお金を稼ぐことはできるが、ブランド規模がそれほどスケールしない。自分の人生を賭けるのならば、より大きな市場で、よりたくさんの人に届けたい。そこで低アルコール飲料の事業を大きく仕掛けていくと決意した。

その際、ベンチャーキャピタル(以下、VC)から、3800万円の資金調達ができたのが幸運だった。

この時、それまでやっていたウェブマーケティングの代理事業はやめて、リスクの大きい自社事業だけに注力することに。このように退路を断ったのが、石根さんらしい。彼女は、自分の気持ちに常に正直であり、あえて“ケモノ道”を選んでしまう性分だ。そしてケモノ道の先には、“ゼロイチ”の熱狂の渦が待っているのを知っている。

写真提供=SEAM
オフィスを構えた当時はたった1人。やがて思いに賛同するスタッフが集まりはじめた。

「収入は安定的にあるけれど、一人でウェブマーケをやっていた時のほうが精神的にキツかったんです。何より仲間がいなくて孤独だし、7〜8割ぐらいの力でしか仕事をやっていない。だったら、100%の力を注げるビジネスをしたいと思っていた時に、応援してくれるVCの方、仲間たちに巡り会えて幸せでした。私は決して器用な人間ではないので、自社事業だけに集中しようと思ったのです」

資金調達はできたものの、お金に余裕があるわけではない。最低限のメイクはするが、新しい化粧品や服は買わない。30代前半にして一般的な“女子の楽しみ”は捨てた。

こうしてアルコール度数3%(一部の商品は4〜5%)のクラフトカクテル「koyoi(コヨイ)」が生まれた。ネーミングは「今宵」と「小酔」をかけている。