ウイルスはどのようにして脳に感染するのか

新型コロナウイルスの脳への感染ルートですが、まず鼻粘膜上皮にはこのウイルスの受容体であるACE2が存在し、そこにウイルスが到達するとACE2と結合して嗅覚神経細胞内に侵入し、嗅覚障害を起こすと想定されています。

実際、症状が出現した人の85%で嗅覚障害がみられています(*6)。その約半数では防御機構が感染を抑えて早期に嗅覚が回復しますが、残りの患者ではウイルスが嗅覚神経から脳内に侵入し、最終的には脳幹に達し、重度の呼吸不全を引き起こします。その場合の多くは呼吸困難の自覚がありません。

また、このウイルスは血管内皮細胞に存在するACE2受容体にも結合し、血管内皮で炎症を引き起こします。感染治療中に発症する脳卒中は、この血管内皮炎によって生じる血栓が原因であると考えられます。ACE2受容体の同定からさらに、ニューロピリン-1(NRP1)というタンパク質も新型コロナウイルスの受容体であることがわかりました(*7)

写真=iStock.com/Design Cells
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NRP1は呼吸器系、鼻粘膜上皮、神経系に豊富に存在します。ウイルスの細胞内侵入を媒介するACE2の役割に加えて、NRP1はウイルスの感染性を高める作用をしていて、同じウイルスの受容体でも役割は異なるようです。

感染した脳のどこに新型コロナウイルスが多く存在するかを調べるために、脳でのこのウイルスのRNA量を測定した報告もあります(*8)

(*6)Chen M, et al. Elevated ACE-2 expression in the olfactory neuroepithelium: implications for anosmia and upper respiratory SARS-CoV-2 entry and replication. Eur Respir J. 2022; 56
(*7)Cantuti-Castelvetri L,et al. Neuropilin-1 facilitates SARS-CoV-2 cell entry and infectivity. Science. 2020 13; 370(6518): 856–860.
(*8)Yates, D. A CNS gateway for SARS-CoV-2. Nat Rev Neurosci 22, 74–75(2021).

中枢神経への感染が強ければ、死亡リスクが高まる

新型コロナウイルス感染で亡くなった33人の脳でRT-PCR(DNAではなくRNAを検出するPCR検査)によりウイルスRNA量を評価したところ、11人から中枢神経、特に嗅覚神経と脳幹でウイルスRNAが多く検出されました。

ここで注目すべきは、中枢神経におけるウイルスRNAの量は亡くなるまでの罹病りびょう期間と逆相関していたことです。罹病時間の短さは高いRNA量と関連し、罹病期間の長さは低いRNA量と関連していました。つまり、中枢神経への感染が強いことは死亡リスクを高めることになります。新型コロナウイルス感染は肺炎で死亡するイメージがありましたが中枢神経、特に脳幹への感染は致命的と考えられます。

このように、新型コロナウイルスによる脳感染の実態が徐々にわかってきました。ここで新型コロナウイルス感染患者における呼吸症状と脳病変との関連についての総説を紹介します(*9)

2021年2月までの新型コロナウイルス感染患者の脳に関する27の報告によると、神経病理学的変化は134人の患者のうち78人の脳幹で観察されました。実に亡くなった方の半数以上で脳幹病変が存在したことになります。

新型コロナウイルスについては、脳幹の血管障害または低酸素病変をもつ患者と比較して、脳幹にグリア細胞浸潤(グリオーシス)とリンパ球浸潤を示した患者のほうがはるかに高く検出されました。これは重要な所見です。

新型コロナウイルス感染症の脳幹病変は重症肺炎に伴う低酸素による非特異的かつ間接的な所見との見解もありますが、脳幹病変を示した患者でウイルス検出が多かったことは、感染の脳幹への直接的な影響を示唆しています。

(*9)Tan BH, Suo JL, Li YC. Neurological involvement in the respiratory manifestations of COVID-19 patients. Aging(Albany NY). 2021 14; 13(3): 4713–4730.