※本稿は、飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
感染者に致命的な影響を与える“脳感染”
本稿では、新型コロナウイルスの感染が直接脳に与える影響について考えていきたいと思います。恐ろしいことに、このウイルスが思いのほか脳に感染して様々な症状を引き起こし、ときに致命的な影響を与えることがわかってきました。
新型コロナウイルス感染により神経症状が出現するという現象については、2019年に中国・武漢で最初に報告されました(*1)。2020年1月16日から同年2月19日までのデータでは、平均年齢53歳の214人の患者のうち78人の患者(36%)で神経症状がみられました。
重症の感染者ではより頻度が高く、46%です。ほとんどの神経症状は病気の初期に起こりました。神経症状は実に多様で、中枢神経系の症状(めまい、頭痛、意識障害、急性脳血管疾患、運動失調)、末梢神経系の症状(味覚障害、嗅覚障害、視力障害および神経痛)、骨格筋損傷がみられました。重症の感染者の神経症状は急性脳血管疾患、意識障害、骨格筋損傷などでした。
この武漢の中枢神経障害のデータは、その後の各国からの報告よりは比較的低い頻度でした。当初は重症化する肺炎に注目が集まっていたのが一因かもしれませんが、それ以降は脳障害に関する報告が増加します。感染と神経症状との関連については、アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)という細胞膜に存在するタンパク質が新型コロナウイルスの受容体として同定されました。
ウイルスの感染には細胞表面に存在する受容体との結合が必要です。ACE2は神経系および骨格筋などに存在しますので、この受容体の神経症状における役割は大きいと考えられます。その後も神経症状には注目が集まり、米国ワシントン州の病院からの2020年2月20日から同年5月4日の入院患者404人の神経学的症状の報告があります(*2)。
(*1)Mao L, Jin H, Wang M, et al. Neurologic Manifestations of Hospitalized Patients With Coronavirus Disease 2019 in Wuhan, China. JAMA Neurol. 2020; 77(6): 683–690.
(*2)Agarwal P, Ray S, Madan A, Tyson B. Neurological manifestations in 404 COVID-19 patients in Washington State. J Neurol. 2021; 268(3): 770–772.