除名後に復党を求めた与謝野馨氏

17年4月30日には与謝野かおる元官房長官が自民党に復党した。与謝野氏は1938年、東京都生まれ。歌人の与謝野鉄幹・晶子は祖父母で、中曽根康弘元首相の秘書を経て、76年に衆院旧東京1区で初当選した。小泉政権で党政調会長、第1次安倍政権で官房長官、麻生政権で財務相を歴任した重鎮だったが、政権転落後の2010年3月発売の月刊誌への寄稿で、谷垣禎一総裁ら党執行部に「本気で政権を倒す気概が見えない」と刷新を要求。

変わることができなければ「新党を含め新しい道を歩む決断をせざるを得ない」との考えを表明し、同年4月に党を離れた。

その後、平沼赳夫たけお元経済産業相らとともに新党「たちあがれ日本」を結党し、自民党を除名された。民主党の菅政権で経済財政相を務めたが、下咽頭がんを患った影響で声が出にくくなり、療養に専念するために12年に政界を引退。その後、自民党に復党を求めていた。

与謝野氏の復党から見える自民党の「いい加減さ」

自民の「いい加減さ」は、与謝野氏の復党にもよく表れている。先述した「除名者の復党に関する審査基準」によると、「復党審査の対象者を、除名処分の効力が生じた日から原則として10年を経過した者とする」としているにもかかわらず、与謝野氏が除名されたのは2010年4月。復党まで7年しか経過していない。

山東党紀委員長は会見でこう説明した。「審査基準には10年という内規があるが、与謝野元衆院議員は7年経っている。国政選挙や地方選挙において自民党に何年も前から積極的に支援をしてくださった実績、そして、ご自身の政治家としての実績がある。また、我が党も(結党から)60周年を超えたところだ。ご本人からも強い要望があった。以前から、私どもや党、東京都連、それぞれの支部からも、ぜひ、復党させて欲しいという要望がございました」。10年という基準があるのに、なぜ7年で復党できるのか、山東氏は何も説明していない。結党60周年も何の関係もない。

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