交通事故よりお風呂で亡くなる人のほうが多い
予防法医学で、飯野がここ数年力を注いでいるのは、入浴時の突然死である。
「交通事故で亡くなる人は年々減少していますね。車両に安全装置が付いたり、さまざまな啓発活動も行われている。でも、お風呂で亡くなる人は年間2万人もいて、交通事故での死亡者数をはるかに上回っていることはあまり知られていないんです」
入浴時の突然死といえば、“ヒートショック”を頭に浮かべる人も多いだろう。冬場、暖房の効いた部屋から浴室に行くと寒暖差で血圧が上昇する。
そのあと浴槽に入ると今度は急に身体が温まることで血圧が下降する。この急激な血圧の乱高下によって脳卒中や心筋梗塞などの病気が起こるというものだ。
しかし、入浴時の死亡原因で多いのは、実は“熱中症”なのだと飯野は言う。
追い炊き機能付きの温水器が普及し、設定温度を長時間保つことができるようになった。高温設定したお湯に長くつかることで血管が拡がり、血圧が低下する。のぼせていることに気付かないまま、意識がなくなり溺れてしまうのだ。この場合の死因は“溺水”とされる。
死因究明から医療の未来を担う
お風呂で亡くなった高齢者の画像を参考にと見せてくれた。まさかこの後、死が待ち受けているとは予想もしなかっただろう穏やかな顔がかえって痛々しくも思えた。
「家族が何分かごとに声をかけてあげていたら、温度を少しずつ下げる機能が付いていたら、この人たちは死なずに済んだんです」
そして、昨年からは救命救急センターとの合同カンファレンスを開始した。救急医療の現場では一刻を争いながら治療しなければならない。
そこで残念にも亡くなってしまった方を法医学で解剖すると、病気の要因が見つかることもある。それが次の救急医療に繋がるのだ。
命の灯が消えてしまった身体を診る医師は、その死因究明をすることで大きな社会的役割を担っている。一方で、その肩には、医療の未来も担っているのだ。
想いはただ一つ、――防げる死を防ぎたい――。