ワクチン購入費の約1兆円は「不作為」のツケである
余談であるが、私は1960年代の半ば頃、米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)に研究員として勤務していたことがある。当時から米国の健康保険は不備で、低所得者は高額な健康保険に加入困難で、もし病気に罹れば、高額な診療費を支払う必要があり、よほどのことがなければ病院には足を運ばない。
しかし私がNIHの大病院の待合室を通ると、いつも大勢の患者で混み合っている。
不思議に思って同僚に尋ねると、「あの人たちは診療費を免除されていますが、その代わり、もしワクチンや薬物の第3相テストが必要になると、被験者として参加する約束になっているようですよ」とのことであった。どうやら米国では、このようにして感染症の蔓延に備えているようであった。歴史的にペストなどによる大災害を経験した欧州諸国では、米国と同様の契約を、旧植民地やこれ以外の世界各国と結んでいるに違いない。
このような感染症の蔓延に対する、ワクチンの製造販売に不可欠な第3相テスト参加要員の手配は、欧米諸国では常時行っているに違いない。本国の人口が少なくても、英国やベルギーには広大な旧植民地がある。
いずれにせよ、この問題には「ギブ・アンド・テイク」の要素が深く関わっているのであろうが、長年「不作為」の怠慢を重ねてきた我が国の厚労省は何の知識も持ち合わせず、今さら欧米諸国にノウハウを尋ねても教えてくれるような事柄ではないだろう。
こうして我が国は、国外からワクチンを購入するため、約1兆円の支出を必要とするといわれる。何と高くついた不作為のつけだろう。
厚労省の「安全性確認」は無意味を通り越して滑稽
先述の「毎日新聞」の記事では、厚労省の許認可の遅れについても非難している。すでに各国でいろいろなワクチンが製造・販売されていたにもかかわらず、厚労省は相変わらずまだ一社のワクチンしか認可していなかったからだ。
一部の政治家はこれに気付かず、「複数の種類のワクチンが近く輸入され、我が国の国民は好みのワクチンを好みの場所で接種できますよ」などと言明し、河野ワクチン担当大臣(当時)が慌てて、「我が国では、まだ一種類のワクチンしか認可されておりません」と訂正する始末である。いかに厚労省の認可までの時間が、常識外れに長いかがわかるであろう。
2021年6月号の『文藝春秋』の記事によれば、すでに3万人規模の第3相試験を経て米国で認可されたワクチンに対する厚労省の認可の遅れは、同省がこのワクチンの日本人に対する安全性を、わずか200人規模の被験者でテストし、確認していたためであった。米国の第3相試験には多くの日本人が含まれているはずであり、また3万人規模のテストに対しわずか200人規模のテストを繰り返すなど、無意味を通り越して滑稽である。
しかし厚労省の悪慣行は、いずれ政府により是正されるであろう。その日が一日でも早く来ることを願わずにはいられない。