その時、わたしはこの人のことを書こうと決めたのである。そして、神彰はいい男だと思った。

結局、その日、彼が話したのはこの冗談だけで、食事を終えたら、「じゃあまた」と彼は引っ込んでいった。見送ってくれたのはお手伝いさんである。

その後も彼の自宅へ行ったが、まったく話は弾まず、今に至るも彼のことは書いていない。

お客にとてつもない夢を見せるいかさま師

永島さんと会った時、「神さんのこと、どう思いますか?」と訊ねた。

野地秩嘉『ビートルズを呼んだ男』(小学館文庫)

「面白い人だよ。僕も何度か会ったことがある。あまりしゃべらない人だから、何を話したのかもよく覚えてない。

でも、野地くん、呼び屋のこと、書いても本にならないよ。だって、この商売は一発当てることはできるけれど、長く続けるのは大変だから。

僕の場合、キョードー東京が長くやっていられたのは臆病だったからですよ。度胸がなかったからやってこられた。あとは、これは僕の功績じゃなくて部下たちが偉かったんじゃないかな。金のこともそうだし、企画でもね。

ベンチャーズやポール・モーリア、ニニ・ロッソの公演をやろうといったのは内野二朗です。彼らは本国じゃそれほどの人気はないけれど、日本じゃコンサートを開くと満員になる。地道な努力をしてそういうタレントを育てたのは部下の功績です。ただ、ベンチャーズのようなタレントだけじゃ会社の名前が有名にならないから、時々大物を連れてきて話題を作らなきゃならない。それが僕の役目だった。

僕らが長く続いたのは大物を呼ぶ仕事じゃなくて、ベンチャーズみたいなタレントを育てたことなんです。神さんがやったようなことが本当の呼び屋の仕事ですよ。

呼び屋の仕事とはお客にとてつもない夢を見せること。それにはまず自らが夢を持っていなくてはならない。1円の価値しかないものを100円で売る。1ドルの値打ちしかないものを100ドル出しても惜しくないと思わせる。それが呼び屋であり、プロモーターで、いわばいかさま師とスレスレの存在と言ってもいい」

呼び屋は裏方だ。スターや有名人と付き合う仕事だけれど、自身がスターになってはいけない。永島さんはそこをちゃんとわかっていた。

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