そもそも「承認欲求」「自己実現」などの言葉が社会学などの枠組みからあふれ出し、本来の意味から少し違ったニュアンスで、幅広く使われるようになったのも、人々の発信が日常的になったからと言えるでしょう。

現代の情報技術が「便利」で「快適」な社会を作っていくほどに、じつはその反面で人々を疑心暗鬼にさせ、不安や葛藤を生み、何より、一人の人としてかけがえのない人生を歩んでいく力を削いでしまっているとしたら、なんともおかしな、残念な話です。

「気持ちをシェア」することは必要か

そもそも、たとえば、ツイッターやフェイスブックなどを使っていいのは、一般的に13歳以上ということになっています。何の気なしに始め、いつの間にか、使うつもりが使われることにならないために、14歳のあなたと一緒に、少しだけ、最初の段階から考えておきたいことを、お話しておきましょう。

「いまどうしてる?」
これが、ツイッターを使うあなたに、表示されるメッセージです。

「その気持ち、シェアしよう」
これは、フェイスブックを使うあなたに、表示されるメッセージです。

ちょっと、考えてみましょう。なんだか少し、不思議な気がしませんか?

どうして「いまどうしているか」を、不特定多数の人々に知らせる意味があるのでしょう? どうしてあなたの「気持ち」を多くの人々に知ってもらう必要があるのでしょう? 「友だち限定」の機能にすれば意味があるという人もいるかもしれませんが、簡単につぶやいてしまう前に、自分の気持ちを共有したいという、あなたの心の状態自体を、振り返ってみてほしいのです。

さびしいから? 気持ちがまぎれるから?

こうした思いからだとしたら、既にそこに危うさが潜んでいるのではないでしょうか?

どちらの呼びかけにも、本来は答える必要はないのです。ネット上にこうしたシステムを作ったエンジニアの要請に合わせるように自分をさらすことも、感情を示すことも、必要ないのです。

写真=iStock.com/Yongyuan Dai
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「自分を表現したつもり」に潜む危険性

ちょっとへそ曲がりの意地悪な言い方をし過ぎたでしょうか?

ただ、システムにふれた最初に、少しだけ覚えたかもしれない違和感をいつの間にか忘れていってしまうことから、使うはずの技術に使われるようになってしまう道は、おそらく一直線です。

「共感してもらえた」という素朴なうれしさから、どんな言葉を連ねれば「いいね」をもらえるのか? どうしたら「人気者」になれるのか? どう書けばフォロワーを増やせるのか? あっという間に、そんなことばかりを考えるようになってしまいかねません。

あなたが投稿に夢中になっているときも、プラットフォームの運営側は、消費行動の分析や拡散の影響力をどう使うかなど、強大なシステムの論理を駆使していることも忘れないでください。

自分を表現したつもりで、自分をすり減らす逆転が、そこに生まれてしまいます。