「美貌の女性より持参金の多い女性を」

子供の頃は虚弱体質だったので、自分の健康に自信がなく、自分が早く死んでしまった場合に残された妻子が生活に困ることも、先回りして心配していたのかもしれません。

後にカントが教授となり、学生たちを教えるようになってからのことですが、彼はしばしば教え子からどんな女を妻とすればよいかという相談を受けています。

その際の、カントの答えは決まっていました。誰に対しても「美貌の女よりも金持ちで持参金が多い女を選びなさい」と言ったそうです。容貌は時を経るにしたがって衰えますが、金は賢く運用すれば時と共に増加するからだ、と。

身も蓋もない、どこまで真面目かわからないアドバイス。でもあんがい本気だったのかもしれません。アドバイスを受けた門下生たちがどうしたかは知りません。

カント自身は常に手元の金が金貨20枚を下回らぬよう努め、浪費を控えて生活していました。心に余裕を持つためです。おかげで、誰がドアをノックしても安心して招き入れることが出来ました。

それが誰であれ、決して借金取りではないことが分かっていたからです。こうしたあたりにも、経済的困難のために学問継続が危機に晒された若い頃が、いかに苦しかったかが伝わってきます。

秩序ある生活、深遠なる思考

カントが規則正しい生活を営んでいたことはよく知られていますが、それは健康を維持して長生きし、自身の仕事をやりとげるためであり、特に頭脳を明晰に保つことに気を配りました。

ただしところどころ当時の迷信にでも頼っていたのか、合理的なレベルを超えて、オタク的なこだわりに陥っている部分も感じられます。起床時間や就寝時間が決まっているのはもちろん、仕事や食事や散歩の時間も決めていました。

早起きを旨としたカントは、夏はもちろん冬も午前5時に起きました。独身の彼は召使に生活にかかわる処務を任せていましたが、長年仕えた召使は5時15分前に寝室にやってきて主人を起こしました。

時にカントが「もう少し寝かせてくれ」と言っても、5時起床は厳命であり、その場の言葉に従ったら後で自分が叱られるのを分かっているので、召使は容赦なくきちんと主人を起こします。

ここにもカントの“自由意志”がありますね。自由意志は「やりたいことをやる」のではなく、「やると決めた正しいことを貫く」意志のことです。寝たいだけ寝るのは自由ではなく、意志薄弱のあらわれです。それがカントの哲学です。

そして就眠は10時。読書や執筆で夜更かししたくなる夜もあったでしょうが、それも控えました。7時間の睡眠が心身の健康に最も適しているというのがカントの考えでした。

たとえ一時、無理をして仕事が捗ったようでも、長い目で見れば効率が下がるとカントは見ていたのです。その場しのぎの仕事ではなく、じっくりと腰を据えた生涯の仕事に取り組む男の、静かで熱い意欲がここにあります。