集団から個人を重視するようになった

2つ目は個人主義だ。個人主義が生まれると、個人と社会との間の関係はそれまでと大きく変わることになった。

近代以前の世界では、集団は個人に優先するとされていた。個人は確かに存在するが、その存在は集団があってのものだった。個人には所属する家族、社会階級、職業集団などがあり、その中での役割もあらかじめ決まっていた。それが共同体の安定維持に役立っていたのだ。個人にはそれぞれ集団の中で果たすべき義務があり、個人の感情、夢、願望などとは無関係に、その義務を果たすのが正しいことだとされた。

そもそも、公の自分以外に私的な「内なる自分」が存在するという考え方が文献に現れるのは、16世紀以降のことである。1517年に宗教改革を始めるマルティン・ルターは、個人と神がなんの仲介もなく直接、関わり合うことの重要さ、そして個人の良心の役割を強調した。宗教改革は、人々の関心を個人に向かわせる上で大きな役割を果たしたと言える。

またこの改革は、個人の信念を集団の意思から切り離すことにもつながった。ルター自身はおそらくそこまで予見していたわけではないだろうが、彼の改革がきっかけとなり、近代人はその後、次第に個人を重要視するようになっていったのだ。だが残念ながら、誰もが自分の個人的な感情や夢、願望を大事にするあまり、集団に大きな不利益がもたらされるのは珍しいことではない。

努力によって不可能が可能になると知った

3つ目は、人間は努力によって進歩できるという考え方だ。これは中世の人にはほぼあり得ない発想だった。

科学的な世界観の普及と、産業革命によって人間は、世界の改変がそれ以前に考えられていたよりずっと簡単であることを知った。かつて宇宙は超越的な存在によって支配されていると考えられ、人間は儀式や魔術によってごくわずかな影響をおよぼせるだけで、ほぼなにも手出しをできないとされていた。あらかじめ定められた宇宙の秩序は安定していて変わることはなく、なにもかもが永遠にただ一定の法則に従うとされていたのだ。

しかし、科学を手に入れて以降の人間は、宇宙を自分にとって望ましい方向に改変できるようになった。努力によってそれまで不可能だったことを可能にし、進歩できると知ったのである。産業革命以降の近代人は、世界を征服可能なもの、制御可能なものと見るようになった——多数の発明によって自分たちの生活が向上していくという体験を経て、進歩はやがて当然のこととして受け止められるようになった。