現実世界には時間軸が1つしかない

最後に、あらためてタイムトラベルの方法論について考えてみたいと思います。少しイメージしづらい話が続きますが、なんとなく想像してもらえればそれで十分ですので、あまり気負いせずに進んでみてください。

ワープによる時間の移動は、暗にワームホールのようなトンネルを仮定することもできますが、時間と空間を1つにした4次元の時空多様体の存在を考えると、必ずしもそれだけがタイムトラベルを解釈するアイデアであるとはいえません。次元を増やして、移動するという裏技もあります。例えば、次元を1つ増やした5次元多様体を考えて、そこでの移動によって、4次元時空上ではあたかも突然移動したように見せることは、原理的には可能かもしれません。

もう少し具体的に考えてみましょう。

高次元の宇宙を説明する理論として、統一理論の候補でもある「ブレーン宇宙」という5次元宇宙モデルがあります。

このモデルではまず、図表1のように私たちが存在する時空(空間3次元+時間1次元)はブレーンと呼ばれる膜の上に組み込まれていると考えます。さらに、そこから考えをもっと発展させて、この膜そのものが4次元目の空間方向に移動できるとします。これがブレーン宇宙と考えられているものです。膜の上にいる私たちは、この第5の次元を観測することは基本的にできず、唯一、この次元を伝播できる重力波を通して、観測できるとされています。

おそらく、このような宇宙であれば、4次元目の空間方向の移動により、一瞬で別の場所に移動することは可能かもしれません。ただし、時間の移動、つまりタイムトラベルは、時間の次元が膜の上の私たちと同じ1次元であることから、できないのではないかと思います。

他方で、特殊なモデルとして、時間軸を2つ持つ宇宙モデルもあります。これを5次元目の軸に選ぶと、この新しい時間軸を用いて、4次元宇宙における別の時間に移動できるかもしれません。

空間で考えてみてください。今まで1次元で直線上だけでしか移動できなかったものが、2次元目の空間方向が増えると、平面内を移動できます。そのため、うまいルートをとれば、直線上の別の場所に移動することが容易になるはずです。ただし、結局遠くに行こうとすれば、そのぶん移動距離も長くなります。

これを時間で解釈すると、例えば、この2次元目の時間軸を用いることで、過去へは行けるようになるものの、ワープではなく、あくまで1週間前なら1週間分の時間がかかるということになりそうです(図表2)。ある意味、『TENET』の時間を戻る方法と似ているかもしれません。それでも、ここにワームホールも加えることができれば、時空多様体の距離がショートカットできるので、うまくいくかもしれません。

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以上のことを考えると、一瞬で現れる光の球のような演出は、高次元の移動をしているとすれば、ありえるのかなとも思います。つまり、椅子に乗った人や乗り物が突然現れるよりも、空間そのものが切り取られて突然現れる演出のほうが、それらしいかもしれないということです。これはあくまで個人的感想と思ってください。

いずれにしても、タイムトラベルが難しい1つの理由は、この世界の時間軸がなぜか1つしかないという性質に大きく起因します。仮に2つの時間軸があれば、途端に、タイムトラベルは容易になってくるでしょう。空間が3次元なのに、なぜ時間も対称に3次元になっていないのか。実はよく考えると不思議な気がしますね。

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