AIやロボットで「雇用は減る」は本当か
【佐々木】人間社会の強靭さがあれば、今後の高齢化社会にも対応できる。大事なのは、そこで起きてくるさまざまな変化を、わたしたちがどこまで柔軟に受け止められるのかということだと思います。
ところでシュミル先生は、2019年のトヨタの従業員数が37万人だったのに対し、フェイスブックの同時期の従業員数は4万3000人しかいないと指摘されていますね。製造業は雇用の維持のために重要なのだとわかります。
しかし今後はAIとロボットによりさらに雇用が減るとも言われています。
いっぽうで少子高齢化が進行すれば生産人口が減り成長が維持できなくなるという問題も指摘されています。この「技術により雇用が減る」と「高齢化で生産人口が減る」は両立すれば何の問題もないようにも感じますが、どうお考えでしょうか。
【シュミル】たしかにAIやロボットを人間の代わりに労働力として活用するという適用法もあるでしょう。私の考えでは、昨今喧伝されている将来のAIやロボット化の適用に比べれば、こんにちの労働力が機械化される重要度はさほど高くはないでしょうが、重要にはちがいありませんね。
ただし、明確な限界があるとすれば、それは人間の認知機能の低下への対処です。AI制御の介護ロボットに基本的な動作を安心して任せられる日は、まだまだ遠いのです。
この分野における日本のグロテスクな試みと失敗のいくつかは、あなたもご存じでしょう。人ひとりをベッドから起こして移動させることさえ、非常に困難な仕事なのですから!
数字でものごとを考えるのが浸透しない根本原因
【佐々木】「科学的な大発見や、技術的な大躍進」のような大げさな惹句の夢の道具ではなく、現代文明社会の縁の下の力持ちになるようなシンプルな装置が大事というご指摘はたいへん同意いたします。
19世紀末のさまざまな技術革新の時代から100年以上が経ちますが、そのような力持ち的な新たな技術は今後も期待できるでしょうか。
【シュミル】今後、たくさんの新しい「力持ち」が必要となるのは間違いありません。
例えば、燃焼機関の燃料として利用でき、大気中に新たな炭素を放出しない(そのうえ、プラスチックにもなる)炭化水素を産生する遺伝子組み換え微生物。
また太陽光を利用した単純かつ安価な水素製造法、認知機能低下の最悪のケースを予防するための脳組織の修復……どれも理論上は実現可能ですが、まだ実用化のめどはたっていません。
【佐々木】ご著書を読み、数字やファクトが大事ということがあらためて実感させられました。このような数字の考え方を広めていくためには、私たちはどうすれば良いのでしょうか。
【シュミル】残念ながら、この目標を達成するための近道はありません。基礎科学や基礎数学を地道に教えていくしかないでしょう。自分で基礎的な計算ができるようになってはじめて、現実世界の限界も、変化の好機も見えてくるのです。
しかし、ひょいひょいと指を動かすだけで、すぐに答えを見つけてくれる「ブラックボックス」があふれている世界では、そうした知識を必須化するのも、義務化するのも、いっそうむずかしくなっています。