スーツが売れない時代に彼らが得る喜び

AOKIのスタッフたちは着る本人が「わたしが欲しいサイズ」だと納得するまで採寸し、それから製作に入ることになった。採寸にとてつもなく時間がかかるのは本人の希望を聞き、そして、納得させなくてはならないからだ。

野地秩嘉『新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語』(KADOKAWA)

なお、審判団は5500人もいる。ただ、彼らの場合は標準体型の型紙を利用できるから、ひとりひとりのサイズを測るわけではない。外国人審判も含めて通常の型紙で対応し、いくつかのサイズを作り、試着してもらってから縫製して仕上げることになっている。そうは言っても5500人分の服を作るのは簡単ではない。それはそれで膨大な手間と時間がかかるのである。

コロナ禍で在宅勤務が多くなり、スーツを買う人が増える見込みはない。それでなくとも、スーツの市場規模は小さくなり、3年前の7割しか売れなくなった。AOKIが置かれている企業環境は決して良くはない。それでも彼らはきちんと採寸をする。丁寧に縫製する。アイロンで仕上げて選手ひとりひとりに渡す。それが彼らの仕事であり、AOKIがやってきたことだから。

彼らは自分たちの報酬は金ではないとわかっている。真の報酬は選手たちの目の輝きだ。選手たちにとって、体に合った服で大舞台に立つことは何よりの喜びだから、そのために本田たちは働く。

「これはうちだけの力というより日本人の力です」

AOKI創業者の青木擴憲は言う。

「コロナ禍で時計の針は10年進んだと思います。洋服のカジュアル化はその前から始まっていましたから、コロナ禍ではそれがいっそう進んだわけです。しかし、時計の針が進んだとはいえ、スーツはなくなりません。

それは、いいスーツが似合う人は仕事ができるからですよ。いやいや、わたしは自分のことを言っているわけじゃないよ。気合を入れて仕事をする時には格好いいスーツが必要だという意味なんです。

当社が公式服装の応募をして勝ち取ることができたのは商品の質、センスがあり、機動力があるからです。審判団5500人の5500着をあらかじめ作っておくのは、資金がなければできないし、能力もいる。選手ひとりひとりの採寸をするのもそういう技術を培っていたからできる。

でも、これはうちだけの力というより日本人の力です。日本人は心からのサービスが得意だからでしょう。この大会のレガシーはおもてなし、サービスですよ。

外国人観光客が来なくとも、このオリンピック・パラリンピックで日本は観光立国としての立場が盤石になります。映像を通してでも、日本の魅力を世界に知らせるベストチャンスが東京オリンピック・パラリンピック大会です。

日本ってこんないい国なんだ、おいしい料理だ、やさしい人たちだ、約束を守るんだ、マスクしろと言えば全員がするんだ。日本は真面目な人たちが住んでいて、四季があって風光明媚な国です。こんないい国って世界中にないです。わたしは本大会に関わるすべての皆様に感謝しています」

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