「やりたいことをやって当然」を貫いた安倍前首相
【池上】今の話ですぐ連想されるのは、安倍晋三前首相です。安倍さんは、デモクラシーを「指導者と指導部を選抜するための方法」とみなして、私は国民から選ばれた総理大臣なのだから、やりたいことをやって当然、という姿勢を貫いていました。その裏返しとして、国会の場で木で鼻を括ったような答弁を繰り返し、それを批判されても、意に介すことがなかったわけです。まさに、「自由なき福祉」を実践したと言っていいでしょう。
【佐藤】コロナ禍の中、2020年7月5日に行われた東京都知事選挙では、現職だった小池百合子さんが6割近い得票率で圧勝しました。その日の夜のテレビ番組での池上彰インタビューが、例によって秀逸でした。国政復帰に意欲をみせていると噂される小池さんに、池上さんが「4年間の任期を全うしますか?」と尋ねると、「しっかりと都知事としての仕事を重ねていきたい」と明言を避けたわけです。池上さんが「約束しますか?」と念を押したら、「自分自身の健康をしっかりと守っていきたい」と。結局、知事の任期を全うするという確約はしませんでした。
【池上】その通りです。
争点にならなかった、小池都知事の「疑惑」
【佐藤】「小池さんは、都知事を踏み台にして国政のしかるべきポストを狙っているのではないか」という「疑惑」は、選挙前からいろんなところで取りざたされていました。
【池上】仮に小池さんが国政に返り咲くステップとして知事に立候補したとしたら、これほど都民を馬鹿にした、非民主的な振る舞いはないのだけれど、実際の選挙戦では、まったく争点になりませんでした。
【佐藤】小池さんにケチをつけるというより、そういう都政の民主主義の根幹に関わるような問題がほとんど一顧だにされず、当然のように6割もの信任を受けてしまう、という現象に大きな疑問を感じるわけです。有権者としては、コロナでこんなに大変な状況なのだから、とにかくお金を出してくれればいい。政治が混乱するよりも、「私的利益を充足」させてもらうほうがいい。そういうところに安住してしまっているのではないか、と。
【池上】気持ちは分かりますが、そうやって一度民主主義の基盤を棄損するようなことがあると、修復するのは大変です。
【佐藤】構造としては、自分が働く会社の株式を持つ労働者に似ているかもしれません。彼らは、理論的には資本家なのですが、実際には経営に影響力を持つことはありません。一方で、出資を行うことにより、もしかすると自分からがっぽり搾取しているのかもしれない本物の資本家に、力を貸しているのです。
【池上】「私的利益の充足」の対価としては失うものがあまりにも大きすぎると感じます。