このため京の運用開始当初は産業利用枠が5%程度に止まり、その後もあまり伸びなかった。19年8月、京は7年間の運用を終えたが、このマシンを利用した企業の総数は最終的に100社程度、また京から派生した富士通製スパコンの販売台数も数十システムに止まったと見られている。

以上の点から見て、京は大学の研究者らの間では科学技術計算の基盤として十分に活用されたが、本来、国策プロジェクトに課せられた「日本の産業を振興する」という目的は十分に果たせなかったようだ。

計算速度よりも「使いやすさ」「実用性」を重視した富岳

富岳は、こうした京に対する反省から生まれた。「ポスト京(後の富岳)」の開発プロジェクトが正式にスタートしたのは14年4月だが、以来、単なる計算速度よりも「使いやすさ」や「実用性」を重視した設計開発が進められたのだ。

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それが最もよく表れているのは、富岳のアーキテクチャとして(かつて京が採用した)非主流派のSPARCに代わって主流派の「ARM」を採用したことだ。

本来「アーキテクチャ(構造)」とは建築学の専門用語だが、ここで言うアーキテクチャとはコンピュータの「命令セット・アーキテクチャ」のことで、「ハードウェアとソフトウェアのインタフェース(境界線)」を規定する部分だ。

と言われても一般の読者にはピンと来ないと思うが、ざっくり言えばアーキテクチャとは「あるコンピュータ(この場合、スパコン)の基本的な性格を形作る設計思想」あるいは「設計様式」と言うことができるだろう。

パソコンやスマホなども含め、コンピュータ業界でよく採用されるアーキテクチャには何種類かあるが、おそらく最もよく知られているのは「x86」だろう。これは私たちが普段使っているウィンドウズPCに搭載されている、インテルやAMD(Advanced Micro Devices)製のCPUのアーキテクチャだ。ちょっと驚かれるかもしれないが、従来パソコン用のアーキテクチャと見られたx86は、やがてスパコンのような超高速の大型計算機にも採用されるようになった。

省電力で身近なアプリも使える設計

一方、SPARCは今から30年以上前に日の出の勢いだった米国のコンピュータ・メーカー、サン・マイクロシステムズが1985年に発表したアーキテクチャだ(同社はその後、米オラクルに買収されて独立企業としては消滅した)。

SPARCは今なおコンピュータ技術者のような玄人筋の間では高い評価を受けているが、一般ユーザーにとって使えるアプリケーションの数が少ないので、最近のIT業界では非主流派と目されている。