信頼度のマスコミ優位が、なぜ、日本だけで成立しているのか

こうした政府との対比における信頼度のマスコミ優位が、なぜ、日本だけで成立しているのかについては、2000年期の世界価値観調査ではじめて気がついて以降、私は長らく考えを巡らせてきた。

政府の信頼度が低いから目立つという理由は、これまで見たように他の先進国でも低いので、当てはまらない。有力な要因と見られた「文」を重視する儒教の影響は、同じ儒教国である中国、韓国、台湾などでは共通の特徴が見られないので当てはまらない。

明治維新以降、薩長政権にアンチを貫いた旧幕臣や戊辰戦争の旧幕府側諸藩の出身者から受け継がれたジャーナリストの倫理観の高さ(のちに左翼志向として生まれ変わるが)という仮説も検証してみたが、報道人がそんなにご立派な人々だったとは必ずしも言えないことが分かった。

そこで、今のところ、私は次のように考えている。

もともと日本人は、歴史的に中国や欧米と異なり国家という存在に疎遠な民族と言えるが、明治維新とともに、外国への対抗上、思いのほか強力な国家ができてしまい、生活心情的に居心地の悪い思いをしていた。

そうしたところに、御用新聞として国家に密着したり、逆に反体制新聞として政府に反対したりするものの、実は国家とは距離を置いたジャーナリズムという存在が現れたので、日本人は「待ってました」とばかりに、これに妙に親近感を抱くようになったのではなかろうか。これが日本人特有の新聞・雑誌への高い信頼度の理由なのだと考えられるのである。

「マスコミへの信頼度が高い人ほど幸福感が薄い」

日本人の高いマスコミ信頼度の功罪についてはいろいろな議論がある。

プラス面としては、政府の隠蔽いんぺい体質を暴いたり、政権の暴走を抑えたりという権力監視の役割を評価するものが挙げられる。

その一方で、批判されることもある。例えば、媒体としての存在感のアピールや視聴率向上のためジャーナリズムが内包するセンセーショナリズムが、ここ1年間のコロナ報道に見られるように国民の不安感を必要以上に煽っている、また過度の政権批判によって世論を誤誘導しているといった内容だ。

とりわけ、近年は新聞・雑誌を持つ企業が「紙」媒体だけでなく、多くのオンライン(電子)版メディアを立ち上げている関係(テレビ局も同様)で、記者クラブを象徴とする閉鎖的な「紙」vs.開かれた「オンライン」という構図で、メディアによるメディア批判も強まっている。

さらにマスコミのマイナス面として厳しい視線が注がれているのは、自社の方針や主張に沿わない事実の報道に消極的という点だ。私は、2020年10月5日公開の(テレビで異常なほど「携帯大手3社のCM」が流されている本当の理由)において、巨大な広告宣伝費を失いたくないため、主要メディアはそろってスマホの費用の大きさや心身への悪影響についての報道を控えがちだと批判した。マスコミの売上の柱のひとつは広告収入であり、通信会社を含む広告主も重視しなければならないが、これも読者や視聴者の中には偏向報道と見る向きもある。

日本人の高いマスコミ信頼度の功罪に関しては、マスコミやネットの報道を、鵜呑みして無批判的に受け入れる文化・習慣ゆえに、最近のSNSなどで発信されたフェイクニュースに翻弄されがちというマイナス面もある。

この点に関連しては、2020年1月の本連載記事(新聞やテレビを信じすぎる日本人の低い読解力)では、OECDの学力テスト(PISA調査)が、新たに、ネット記事などに対して合理的な疑いを抱く能力を読解力の一部と評価することになった影響もあり、日本人生徒の成績低下にむすびついたという点を指摘した。

しかし、こうしたマイナス面がますます識者やネット発信者によって指摘されるようになっているのにもかかわらず、図表1で見たように、日本人のマスコミへの信頼度が高位安定を維持しているのはなぜなのだろうか。

やはり、大局的に見て、諸外国と比較すれば、事実に基づく客観的な報道がなされているほうなのだと解するのが妥当なのかもしれない。国民の顰蹙を買うようなメディアの失点が他の先進国とは異なりまだ起こっていないせいなのだろう。

ただ、2020年以降のコロナ報道や政府に関する報道に関するネットを含むメディアの姿勢に対してはネガティブな意見を持つ人も多いため、次回(おそらく5年後)の調査では、マスコミの信頼度が急落する可能性がないとはいえない。視聴率ねらいの人騒がせな犯罪報道が続いた台湾で2000年代初めにメディアへの信頼度が半分以下になったという事例もある。

ちなみに、「マスコミへの信頼度が高い人ほど幸福感が薄い」という意識調査結果もある(内閣府「生活の質に関する調査」)。報道機関を「信頼している人」の幸福度があまり高くなく、また「信頼していない人」の幸福度が比較的高いという結果だが、これは社会のマイナス面の指摘に偏りがちなマスコミの報道が、自分たちの社会に対する暗い見方を必要以上に増幅するという副産物を生んでためと見られている。ということは、今後さらにマスコミ離れ現象が起きたとしても、それは必ずしも悪いこととは言えないかもしれない。

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