しかし、それだけのパソコンやアクセス権を買うことはコスト、設置までの時間を考えると不可能だ。そのため自宅にパソコンを持っている人にはVPN(仮想プライベートネットワーク)に接続する設備、セキュリティの認証権を用意することにしたのである。
VPNとはインターネット上の拠点間を仮想的な専用線でつなぐ通信技術のことで、日本では多くの企業が使っている。イギリスの情報サイト「TOP10VPN」によれば世界のネットユーザーのうち、3割はVPNを利用するとされるほど、ポピュラーなものだ。ただし、不正接続のターゲットともなるので、万全なセキュリティ対策が必要となる。
そして、トヨタが何万人分もの認証権を入手するには時間が必要だ。
情報システム本部長の苦心
新型コロナ危機の当初、情報システム本部長の北明健一は設備と機器の増強にかかりきりだった。
「VPN接続の認証権は数千の単位までならすぐに入手できたのですが、5万となるとシステム会社もサーバーを増強したり、さまざまな用意が必要になります。全員にいきわたるまでに2カ月弱かかり、会社のみなさんには迷惑をかけました。
それまで社外から社内システムに接続する人数は認証を持っているうちのせいぜい1000人程度だったのが、たちまち5万人に接続させなくてはならないのが今回のオペレーションでした。日本中が、サーバーが欲しい、ネットワークの線が欲しい、セキュリティで保証された認証が欲しいという状態でしたから、こちらも少しずつ調達して、少しずつ在宅の比率を増やしていったわけです。すべての準備が整ったのは5月の連休明けでした」
北明はパソコンの調達も担当した。
「持ち運びできるパソコンを買いました。情報システム部がまとめて購入したものです。そこにVPNの認証をつけて、セキュリティをしっかりと管理しています。同時に社内ネットワークも増強しました。容量を増やして、かつ、サーバーも増やしていって……。これも増強が一段落したのが5月の連休明けでした」
より重要なのは自宅の環境
こうしてパソコンとVPNは整備した。しかし、それで終わりとはならない。次の課題は各従業員の自宅の通信環境を整えることだ。
パソコンは従業員の個室にあるのか?
それとも学校に行って留守にしている子ども部屋で執務するのか?
はたまた食卓で仕事するのか、それとも台所の片隅なのか?
在宅勤務の生産性向上に大きくかかわってくる通信環境とは、通信そのものと仕事をする環境のふたつであり、前者は改善できる。しかし、後者はなかなか改善できない。それでも、後者の占める位置は大きい。
高速、大容量、低遅延の通信設備であっても、頭上に洗濯物が干してあっては生産性の向上は望めないからだ。この部分の解決法については、基本的には環境を快適にするしかない。