介護現場にあふれた「異常なポエム」

【中村】リーマンショック後に製造業の失業者があふれた。慌てた政府が重点分野雇用創造事業という政策を立ち上げて、ハローワークや都道府県が総力をあげて失業者を介護職にしたんです。実際に凄まじい人数の中年男性が介護職になりました。

国の理想としては、いらない人間を一カ所に集めて、なんとか安上がりに収めたいということで、でも、そんな本当のことは言えない。だからリーマンショック直後、介護現場にはさまざまなポエムが紡がれた。

【藤井】具体的に教えていただけますか?

【中村】「感謝感激感動の3K!」とか「ありがとうを集めよう!」とか「介護に夢と誇りをのせて」とか、いろいろ。

異常な文句を見つけるたびに発信源を調べると、だいたい厚生労働省や経済産業省、都道府県、社会福祉協議会などが主催とか協賛。経済や労働生産性で産業を発展させるのではなく、国や行政が率先してポエムで低賃金労働する介護職を統治しようとした。

2004年4月から介護保険制度がはじまって、僕はブラック化全盛期の2008年になにも知らないまま介護業界に流れ、自分自身が高齢者介護をしながら現場を間近で見るなかでネオリベの恐ろしさを体験しました。いまでもたまに思いだすと身震いするような嫌な思い出ですね。

徹底的にネオリベ化が進んだ介護業界

【藤井】いまの中村さんの外見からは想像ができません。

グッドウィル・グループからの全介護事業引き受けについて会見後、記者団の質問に答えるワタミの渡辺美樹社長(東京・大田区のワタミ本社)=2007年6月18日(写真=時事通信フォト)

【中村】介護のネオリベ化は九〇年代から議論されてはじまった。厚生省と労働省による有名なゴールドプランという政策によって莫大な資金が動いた。

これからやってくる高齢社会には官から民へという目標をもって、民間企業が競争しながら高齢者福祉を充実させていく、というネオリベの考え方が当時輝いて見えていた。

介護はそれが徹底的に反映された分野であり、その立役者がコムスンの折口雅博氏やワタミの渡邉美樹社長なわけです。

とくに渡邉美樹社長は生き様そのものがネオリベ的でした。

【藤井】ワタミの創業者ですよね。彼は外食産業から介護教育に乗りだしました。郁文館夢学園という伝統校の理事長でもある。

【中村】ワタミも渡邉美樹社長も政界進出から下降線ですね。渡邉社長のネオリベ的な功罪は挙げていけばキリがないのですが、やはりもっとも特徴的なのは精神論的な言葉で下々を操ったことでしょう。

あらゆる手を使ってネオリベ的な労働集約型組織を実現しようと、渡邉社長は「ワタミの理念集」という社内では“聖書”と呼ばれる本を書きあげた。そこにはこの通りに生きれば、どんなに安い賃金で重労働しても幸福感が得られるというようなことが書いてある。

人の精神まで操作して利益を出そうというやり方で、それを2004年に介護産業に持ち込んだ。そうしたネオリベの鬼のようなカリスマが作りあげてきたのが、現在の介護業界なのですね。

【藤井】なるほどね。ネオリベの真の姿を見たければ、介護産業を覗いて見ろということか。そして、人を集めるためのポエム化。