「自虐バイアス」「敗戦ギルト」で歪む報道の公平性
では、なぜ、日本の報道機関は、自国の「歴史問題」に関し「気持悪い」報道をするのでしょうか。これは、WGIPによって植えつけられた「自虐バイアス」と「敗戦ギルト」でしか説明できないと思います。
国家や国民の立場はさておき、純粋に公平性から考えても、「原爆投下は不当だ」、「原爆投下はアメリカの大罪である」という意見と「原爆投下は正当だ」、「原爆投下は日本の過ちが引き起こしたことだ」という意見の両方があっていいはずです。しかし、「自虐バイアス」と「敗戦ギルト」があるので日本のマスメディアにおいては、圧倒的に「気持ち悪い」報道に偏向するのです。
マスメディアだけではありません。広島や長崎の資料館などの原爆関連施設にも相当「気持ち悪い」、「自虐バイアス」と「敗戦ギルト」が見られます。そもそも、広島の原爆の被害についてさまざまなものが展示されている記念館がなぜ「平和記念館資料館」なのでしょうか。なぜ、「広島原爆資料館」ではないのでしょうか。
「原爆」を「平和」と言い替えさせたGHQの“広島プロジェクト”
NHK広島局は、第一回目の「平和祭」(1947年8月6日)を県内およびアメリカ向けに、翌年からは全国向けにラジオ放送します。数多くの市民が虐殺された日の祭りの名前が「平和祭」というのはいかにも不合理です。
念を押しておくと、当時は占領中ですからNHKの地方局も占領軍の検閲と言論統制のもとにありました。この「平和祭」そのものがWGIPの一環だったのです。
このあと、原爆投下の真下に当たる場所に設置された鐘は、「平和の鐘」と命名されました。ほかの原爆関連施設も、WGIP文書に「広島プロジェクト」として言及されていた広島平和記念都市建設計画のもと、ほぼ「原爆」ではなく「平和」という名前が付けられていきます。
これは「原爆」という言葉を広島や長崎の人々が読んだり、聞いたりすると占領軍に対する憤激や恨みの気持ちを再びかきたててしまうからです。占領軍は原爆投下に関する式典が行われるたびに広島の人々にアメリカに対する恨みの気持ちを思い出すことがないよう、それによって彼らの支配に反抗することがないようにしようと考えました。そこで「原爆」を「平和」と言い替えたのです。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
理解しがたいのは、占領が終わり、検閲がなくなったあとも、「原爆」を「平和」と読みかえ続けてきていることです。これは広島平和記念都市建設計画という「制度化」の永続的な力によるものでしょう。これに、アメリカに対する忖度が習慣となってしまったことも加わります。これらが相まって、占領が続いた7年間のあいだにすっかり慣習として定着したので、おかしいとも思わなくなったと考えられます。