WTOトップ選挙出馬も反日政策の一環か
新しい動きとして、7月16日に世界貿易機関(WTO)の次期事務局長選挙に産業通商資源省の兪明希(ユ・ミョンヒ)通商交渉本部長が挑んでいます。中央日報によれば、兪明希氏はスイス・ジュネーブWTO本部で開かれた事務局長候補者の記者会見で、「日本に向けて『事務局長候補を見る時、誰がWTOを改革する適任者なのか能力と資質を見ると判断する』と述べた」と伝えており、日本に協力を呼びかけています。
しかし、もしWTO事務局長に兪明希氏が選出されれば、日本に対してさまざまな要求を突きつける可能性があります。例えば、今年6月には、韓国に対する日本の輸出管理の厳格化措置について世界貿易機関(WTO)に提訴する手続きを再開するなどの動きがありました。文政権にとっては、国際機関のトップに人材を送り込むことで物事を有利に進め、またWTOで日本を批判する地盤を固めることにより、支持率維持を目論んでいるといったところでしょう。
文大統領は『南北統一』と『反日政策』によって国内の支持を受けています。『南北統一』がうまくいかない可能性が高まっていることに鑑み、今後は『反日姿勢』を強める可能性があります。
なぜ文政権は「北朝鮮融和策」を取るのか?
南北統一は、北朝鮮にとっては所得水準が高まり、韓国にとっては新しい市場の開拓の可能性というメリットがあります。閉塞感が強まる中で、韓国経済が勢いを取り戻すための秘策なのです。文大統領は、就任演説では「朝鮮半島の平和のためなら、どんなことでもする」と語っていました。民族の統一を掲げることに対しては共感する人も多く、文大統領は韓国の指導者として初めて、北朝鮮市民に向けて朝鮮半島統一を訴えるスピーチを披露し、北朝鮮側も当初はこの姿勢を歓迎していました。こうした南北融和の関係から「南北経済協力のシンボル」である、南北共同連絡事務所が崩れさる事態になるまでの経緯を見ていきましょう。
北朝鮮は、韓国に対してフラストレーションの限界を迎えていたのです。始まりは18年6月にシンガポールで開催された米朝初の首脳会談の後です。19年2月のハノイでの2回目の米朝首脳会談が物別れに終わって以降、風向きが変わっていきました。米国は、北朝鮮の非核化が「不十分」として、北朝鮮の制裁解除を拒否したのです。制裁が解除されれば、南北の鉄道と道路の連結や開城工業団地を再開するなどの経済協力が盛り込まれていましたが、それが叶わない状態になってしまったのです。
北朝鮮にとっては、文氏の言うままに行動してみたが、米国との交渉がうまくいかず、韓国との経済協力も進まない苛立ちを抱えていたと言えるでしょう。最後は、脱北者団体による「金委員長らを批判する」ビラ配布が怒りに触れ、爆破に至ったわけです。これを受けて、韓国国内の革新勢力からは、米国の意向に縛られずに、南北融和を進めるべきだとの声も大きくなってきており、文政権としても国内統制が難しくなってきています。