失態続きのジョンソン政権に有権者が不満
通商協定は本来、交渉の開始から発効までどんなに順調でも2~3年の期間を要する。2月からスタートした英国とEUの通商交渉だが、わずか1年足らずの間で発効を目指そうという英国の方針は、誰がどう考えても野心的過ぎる。そのため移行期間を延長するか、諦めてWTOルールに則った貿易を行うかの2つのシナリオに、注目が集まった。
さらにこのコロナ禍で、英国とEUはビデオ会議での交渉を余儀なくされた。ただでさえデリケートな交渉を対面で行えない状況で、交渉に進展などあるわけなかった。にもかかわらず、6月12日に英国はEUに対して移行期間を年内で打ち切ると通告、通商交渉が合意に達しない限り年明けからWTOルールによる貿易取引を行う方針を示した。
英国が強気のスタンスに出た背景には、何よりもジョンソン政権の支持率がコロナ禍で低下したことがある。世論調査会社ユーガブによると、ジョンソン政権の支持率は3月頭には51%まで上昇していたが、直近6月頭の調査では39%まで低下した。新型コロナ対策での対応の不備が有権者の不満につながったかたちだ。
特に、ジョンソン首相の私的アドバイザーであるカミングス首席顧問が、都市封鎖(ロックダウン)が敷かれたにもかかわらずプライベートな理由で遠出していたことは、有権者の政権に対する不信を生んだようだ。ほかにも、当初の集団免疫路線の失敗、担当閣僚の責任転嫁発言など、ジョンソン政権はこのところ失態続きだった。
「離脱疲れ」から「コロナ疲れ」へ
ジョンソン政権の岩盤支持者層の多くは、EU懐疑論者でEU離脱を指示した保守党の古参支持者だ。彼らにとって、移行期間の延長を申請することは、英国がEUの軍門に下ったことを意味する。支持率が低下したジョンソン政権は岩盤支持者層向けのアピールに努めなければならず、その意味で移行期間の打ち切りは当然の選択だった。
しかしながらユーガブが6月10日に発表した世論調査によると、保守党支持者の54%が、移行期間の終了と同時にEUとの間で新協定が結ばれることを望んでいることが明らかとなった。一方で、WTOルールの受入を支持する声は29%にとどまったことから、保守党支持者の大半が新協定の締結を願っていると理解していいだろう。
つまり古参の岩盤支持者層だけを優先すると、より穏健な志向の保守党支持者の民意を取りこぼすことにつながるというジレンマに、ジョンソン政権は直面しているのである。ジョンソン首相の強権的な姿勢は、有権者が「離脱疲れ」を起こしていたときには上手く機能した。とはいえ今回、有権者は深刻な「コロナ疲れ」の状態にある。
英国の失業率は政府の支援策もあって足元では上昇しておらず、雇用は安定している。しかし今後は、企業がリストラを進めていく過程で雇用は悪化が進むと予想される。すでに有権者のコロナ疲れは深刻だが、先行きそれがますます強まる恐れがある。そこにWTOルールの適用というショックを与えることなど、果たしてできるだろうか。