「足上げ」が目覚まし代わりになる
そんな状況の中、わずかな仮眠のために、後ろにあるベッドへ体を埋めるとどうなるかは、トラックドライバーでなくても想像に難くないだろう。「寝過ごす」のだ。疲れ切ったその体には、ベッドはあまりにも快適すぎるのである。
こうして短い休憩の際は、多くのドライバーが運転席で仮眠を取ることを選択するのだが、その狭く不安定な座席で、最も楽にいられるのが、例の「ハンドルに足を上げた体勢」なのだ。通称、「足上げ」。束の間、アクセルやクラッチから解放された足を、心臓よりも高い位置に置くことで、長時間の着席状態で生じた「浮腫み」を和らげる。
が、そんな体勢が「快適」であるわけがない。数十分もすれば襲ってくる足のしびれや腰の痛みが、皮肉にも彼らの「目覚まし代わり」になるのだ。
筆者もトラックを運転していた当時、足の浮腫みには大変悩まされていた。走り始めたらストレッチどころか、立ち上がることすらできなくなるため、手で押して確認するふくらはぎの「パンパン度」は、まさに「低反発マットレス」だった。
トラックに乗り始めてしばらく経ったある日のこと、あるサービスエリアで毎度仲良くしてくれていた例のトラックのおっちゃんたちに「足が浮腫む」とこぼしたところ、「こうすれば幾分楽になるぞ」と、わざわざ実演交えて教えてくれたのが、この「足上げ」だった。
一応女性である手前、彼らのように高々と上げることは憚られたが、両足をハンドルと窓の間に入れ込むだけでも、その違和感は大分和らいだ。
「足上げ」を推奨する専門家も少なくない
見た目には決して褒められた格好ではないが、この「足上げ」をトラックドライバーに推奨する専門家も少なくない。というのも、トラックドライバーの労働習慣には、「エコノミークラス症候群」を引き起こす要素が非常に多いからだ。
エコノミークラス症候群とは、足や下半身の血流が悪くなり、できた血液の塊(血栓)が肺の血管に詰まる病気で、呼吸困難や胸痛などを引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある。東日本大震災時、避難所での突然死や車中死が頻発したことで、国民に広く認知されるようになった病でもある。
トラックドライバーは、長時間狭い車内で過ごさねばならないだけでなく、クルマを停められる場所の少なさから、トイレの回数を減らそうと、水分の摂取を抑えたり、眠気防止のために足を温めすぎないようにするなどといった、独特の「長距離運転対策」を講じることがある。が、皮肉なことに、こうした行為は、エコノミークラス症候群を引き起こす大きな要因となる。
一方、そのエコノミークラス症候群の効果的な予防策の一つが「足を高くして寝ること」。つまり、ドライバーが楽な体勢として取る「足上げ」は、エコノミークラス症候群予防としても、理に適っているのだ。
しかし、見た目の問題や衛生的観点、さらには「食わせてもらっているハンドルに失礼だ」という企業理念などから、中にはこの「足上げ」を禁止する運送業者や荷主も存在する。が、ドライバーとて足上げなどせず、休憩時間くらい後ろのベッドで眠りたいというのが本音なのだ。