——日本は規制が厳し過ぎて新規参入ができないという意見もあります。

【田中】総論としてはわかりますよ。ただ、ウーバーはカラニック時代には犯罪的な行為もいとわない企業で(前回記事参照)、いま振り返れば、当時のウーバーを参入させなかったのは正解だったといえます。ライドシェアとウーバーで主語と議論を分けるべき。一定の条件を満たしたライドシェアは日本でも規制緩和をして認めるべきですが、当時のウーバーのような価値観を持つ企業までそこに含めていいとは思いません。

撮影=浦 正弘
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

日本は豊かだからイノベーションが生まれない

——日本ではイノベーションが生まれにくいという指摘についてはどうでしょうか。

【田中】いろいろと要因はありますが、一番大きいのは失敗が許されない社会であることでしょう。イノベーションはリスクを取って挑戦しないと生まれませんが、日本の大企業は失敗を許さない構造や文化です。アメリカで若くて優秀な人はそれを嫌ってスタートアップに就職したり自分で起業します。

それに対して、日本では優秀な人が大企業に集まってしまう。大企業に入れなくても、「年収300万円でも不自由なく暮らしていける。だから無理はしない」という若い人は多いですよね。カラニックが学生時代から起業をして、3回目でやっとウーバーで成功したのとは対照的です。

——なぜ日本ではそこまでリスクが嫌われるのでしょうか。

【田中】国民性の問題にされがちですが、それは違うんじゃないですか。日本人がリスクを取らないのは、リスクを取ってまで何かやる必要がないほどある程度の豊かさが確保されていることの裏返しです。

3年前、イスラエルの国家招聘「ヤングリーダーシッププログラム」に招待されて団長として訪問しました。国賓でいくと、最初にホロコーストミュージアムに連れて行かれます。そこで目の当たりにしたのは、ユダヤ民族が絶滅寸前までいった歴史です。イスラエルがテック系の起業家を数多く輩出しているのは、その記憶が刷り込まれていて、なおかついま現在も戦争が身近にあるから。今日が人生最後の日かもしれないという人生観と死生観が、そして強烈な危機感が彼らを突き動かしているのです。

日本も終戦直後の焼け野原から、のちの高度成長をリードする起業家や新しい技術が生まれました。イノベーションが生まれるかどうかは、危機感しだい。国民性のせいではないと思います。幸か不幸か、いまの日本にそこまで切迫した危機感はありません。イノベーションやグローバル競争という観点でいうと危機感の欠如は不利に働きますが、危機感を抱かずに済む情勢に日本があるのはいいことでもあるから、難しいですね。

ちなみに、イスラエルでは2回か3回起業に失敗した経験をもつ起業家の方が資金を集めやすいことを現地で聞き驚きました。イスラエルでは失敗経験をむしろ高く評価しているのです。