喫煙や飲酒習慣のある人は「がん遺伝子の変異の数」が多い

なぜ、年齢とともにがん遺伝子の変異が蓄積するのだろうか。

「人間の体内をひとつの自然環境だと考えてみればわかりやすいかもしれません」。小川が解説する。

私たちのからだにある細胞が、常に遺伝子変異を起こしていることは先に述べた。小川は細胞がさまざまな遺伝子変異を起こすなかで、がんにかかわる遺伝子に変化が生じた細胞は、生き残っていきやすいと考えている。

がんにかかわる遺伝子変異が起きた細胞は、それだけ体内のさまざまなストレスをくぐり抜けやすくなって、生き残っていく。これが、高齢者になるほど、がんの原因となる遺伝子変異のある細胞が多くなる理由だという。

さらに、喫煙や飲酒の習慣をもっている人たちは、そうでない人たちにくらべて、がん遺伝子の変異の数が多かった。これは、喫煙や飲酒という細胞を傷つける機能をもった物質に頻繁にさらされていると、より一層、がん遺伝子に変異のある細胞が生き残りやすいということを表している。

研究ではもうひとつ、興味深い知見が得られている。

「最後の一押し」は今後の研究課題

今まで述べた研究成果は、正常な組織にかんするものだ。しかしグループは、さらに食道がんの組織の遺伝子変異と比較した。すると高齢者の正常組織の遺伝子変異とは、また大きな違いがあった。

高齢者で喫煙・飲酒の習慣があるとたくさんのがんの原因となる遺伝子変異が生じるが、それだけでは、がんにならず、さらに別の要因が加わって、がんになる――。そんなストーリーが示唆されたのである。

では、がん化の鍵となる最後の一押しはなんなのだろうか。小川は、今後の研究課題だとしながらも「遺伝子が多く集まってできている染色体の変化がさらに必要なのかもしれない」と推測する。

これが、小川たちが『ネイチャー』に発表した論文の概要である。

もちろん、がんにはわからないことがまだ山積している。しかし少しずつ、その秘密が解き明かされつつある。