医師は病気を「本当」には知らない?
私が医者になって、じきに半世紀になろうとしています。すでに70歳を超えました。一般の人ならすでに職業生活を終えて引退している年ですが、医者には定年がありません。医師免許は終身です。
よって、いまも私は医者を続けているのですが、年齢を重ねてつくづく思うのは、実は病気を本当には知らなかったということです。もちろん、病気自体は知識と診察の経験から知っています。しかし、その症状や、そのときどんな感じになるかなどは、医者といえども、実際に体験しないとわからないのです。
なぜそう言えるかというと、私自身が、二つの体験をしたからです。一つは心臓病、もう一つは糖尿病です。
心臓病というのは、たいていの場合、胸が苦しくなるという自覚症状によってわかります。私が初めてなにか胸が押し付けられるような感じになったのは、平成16年12月6日の朝方のことです。
胸に突然の圧迫感と冷や汗
私は手帳に自分の体験を細くメモしているので、正確に記すと、午前7時10分のことで、このとき、左胸部にそれまでになかった圧迫感を感じ、冷や汗が出ました。医者としての直感から、これは血管になにか異変が生じていると思い、すぐに知己の心臓外科医・南淵明宏氏に連絡を取りました。彼は、心臓外科の世界では有名な凄腕を持つ名医です。
「すぐ来てください」と言われ、私は彼の病院に駆けつけました。そうして、CTと心電図の検査を受けました。すると異常がないということでしたが、エコーを見ると左室が動いていないのです。
「これはステントを入れないだめですね」と、南渕医師。冠動脈前下行枝が90%以上が詰まっているというのです。ステントというのは、ステンレススチールやコバルト合金などの金属でできているチューブで、これを血管に入れることで血流が回復します。こうして、緊急でステント挿入手術を受けました。