また、番頭には、厳しすぎると思われるほどの利益責任を課し、目標を達成することが要請されていた。これは、家業の発展が当家にとっても取引先にとっても重要であり、目標の達成が社会の発展に寄与するという発想に基づいている。事業が長期的に発展することで、顧客に喜ばれる多様な商品が提供できる。多くの雇用を生み出すこともできる。それによって、社会からもその存在が認められ、必要とされてさらなる発展が可能となる。誠実な人々で構成される高潔な企業のみが生き残り、社会から尊敬を獲得することができるのである。

ゴーンの権力集中を許したのはいったい誰か

企業は、「押し込め隠居」に準ずる社内のガバナンスルールを発動することができなければならない。日産自動車の西川社長は、ゴーン氏の最初の逮捕の報を受けて、「権限集中を防ぐ企業経営が重要」、「後悔と無力感」を持つと発言している。

しかし、権力集中を許したのは、いったい誰だったのだろうか。それは、間違いなく西川社長を含む経営陣である。自らの無策を後悔し、無力感という言葉で覆い隠すことでよいのだろうか。経営に対する誠実性が欠如していたのでないか。その結果、会社経営陣は、経営者としての善管注意義務を果たせなかったのである。

伊藤忠商事、双日、武田薬品工業、日本生命、高島屋……近江商人の流れをくむ大企業は数多い(写真=滋賀県 五個荘 近江商人屋敷)、写真=アフロ

取締役会構成員が企業の健全な成長と発展、そして、従業員(売り手)、取引先(買い手)、社会を代表する債権者、株主などを含む多様なステークホルダー(世間)の長期的な継続的成長と繁栄を視野に入れる基本姿勢を貫く必要がある。これが近江商人を代表する言葉である「三方よし」の思想である。この「三方よし」の思想を深く理解することなくコーポレート・ガバナンスに関する規定を幾重に重ねても、経営者をマネジメントすることはできない。

誠実な「三方よし」の実践、それこそが今、企業に求められる真のコーポレート・ガバナンスなのである。

今こそ求められる温故知新

ほとんどの企業では、創業時のビジネスに対する真摯な取り組みを忘れている。滋賀県東近江市五個荘の「近江商人博物館」や近江商人屋敷(外村繁邸・外村宇兵衛邸・中江準五郎邸)などを訪れてほしい。大きな気づきがえられるだろう。あわせて、末永國紀(2011)『近江商人 三方よし経営に学ぶ』(ミネルヴァ書房)をはじめとした同志社大学名誉教授末永國紀の一連の著書や論文を手に取られることを勧める(文中敬称略)。

加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。
(写真=AFP/時事通信フォト、アフロ)
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