手術・治療のビッグデータ分析により手術のリスク評価を可能に

医療の質向上という点では、NCD(National Clinical Database)というデータベースの効果を紹介しよう。2011年に登録がスタートしたNCDは、臨床現場の医療情報を体系的に把握し、医療の質向上に資する分析を行うために集められた手術・治療についてのデータベースである。

現在5000以上の病院などの施設が対象となっており、ビッグデータが形成され研究者による分析も行えるようになり、心臓血管外科、消化器外科領域では、多くの論文が一流欧文誌に発表されるようになり学術的な向上につながっている。さらに、このデータ分析を活用し、個々の患者の手術のリスク評価も可能になったり、各施設と全国平均を比較して、個々の施設で医療の改善に役立つ情報の提供も可能となるなどの効果が見られ始めている。

今後、これらの情報に加えて、医療機関のカルテ情報、今後入手できる生体情報やゲノム情報など、データを匿名加工し、ビッグデータ化して分析できるようになれば、先進医療の発展や創薬の研究開発にも結びつくことも期待できる。このために2017年に立法されたのが、次世代医療基盤法である。高い情報セキュリティを確保した事業者を国が認定して医療情報などの匿名化ができるようにしており、個人情報を保護しながらデータ利活用を広げる環境整備も行われている。

近年では一人ひとりのゲノム情報など分析し、これにあった治療薬の開発が期待されているが、こうした個別化医療の発展もデータ分析がカギを握るといえるだろう。

なぜ医療のデータ活用・IT化は遅れているか

このように、医療のデータ分析やIT化は今後の医療の発展のために不可欠であり、これを進めていく理想像は既に政府でも検討され描かれている(図表3)。しかし、日本ではデータ利活用に向けた歩みは今まで遅かった。その理由は以下のとおりである。

まず、医療機関のIT化投資の初期コスト負担が医療機関等にとって大きいことがネックになっている。医療や介護の現場に医療介護の質の向上、現場のミスの低下、生産性の向上など、コストを上回るデータ利活用、IT化のメリットが還元されるよう工夫し、そうしたメリットをわかりやすく説明することが求められる。

また、カルテなどの診療情報は、病院内の連携は進んでも、地域内の外部との共有に躊躇する医療機関は少なくない。さらに医療機関のIT化は、導入システムによってベンダーが異なっているため、システム仕様がバラバラで、データの標準化が進まず、連携が進まない場合も多い。

加えて、オンライン診療、オンライン服薬指導は、対面原則が一義的に重視されてきた経緯がある。オンライン診療は2018年に診療報酬上も認められたが、保険適用対象の疾病は限定されているほか、オンライン服薬指導はさらに遅れており、まだ対面指導以外認められていない。

もう1つのネックは、医療情報のIT化に対する不安であろう。医療関連情報の情報連携は本人同意を前提とすることに加え、セキュリティ管理や改ざん防止を徹底する関係者の努力が不可欠であるし、国民のITリテラシー向上のための教育も求められる。

以上のようなハードルを一つひとつ乗り越え、データ利活用できる基盤を早急に実現することは、2つの不足という大きな課題を抱える医療介護分野にとって不可欠なことである。

資料=未来投資会議(2017年4月14日)資料より抜粋
翁 百合(おきな・ゆり)
日本総合研究所理事長
日本銀行勤務、日本総合研究所主席研究員、理事などを経て、2018年より現職。2015年より慶應義塾大学特別招聘教授を兼任。2016年9月より未来投資会議・「健康・医療・介護」構造改革徹底推進会合会長を務める。京都大学博士(経済学)。著書に、『国民視点の医療改革』慶應義塾大学出版会(2017年)等多数。
(写真=iStock.com)
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