公立小学校の教員は、どれだけ残業をしても残業代はゼロ円だ。埼玉県の公立小学校に勤める教員は「これでは次の世代が安心して働けない」と、定年直前の昨年9月、残業代の支払いを求めて県を訴えた。訴訟の理由について、本人に聞いた――。

訴訟を起こした小学校教諭にインタビュー

いよいよ2018年度も、残すところ1カ月を切った。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/7maru)

この一年は、国において教員の働き方改革の議論が一気に加速した。2019年1月には中央教育審議会が、教員の働き方に関する答申をとりまとめたところである。

そしてこの動きに合わせるかのように、長時間労働をめぐる訴訟が起きている。埼玉県において公立小学校教諭が残業代の不払いについて提訴したケースは、教育関係者を驚かせた(産経新聞2018年12月15日「埼玉教員残業代訴訟 『義務ない』、県は争う姿勢」)。今年2月には、大阪府で30代の公立高校教諭が長時間労働により適応障害が発症したとして、実名で提訴したことが話題になったばかりだ(毎日新聞2019年2月15日「『過労で適応障害に』 府立高教諭が大阪府を提訴」)。

なぜ今、声をあげたのか。埼玉県の小学校教諭(仮名:田中まさお氏)に、訴訟に踏み切った思いの一端を語ってもらった。

<田中まさお先生 裁判の概要>
埼玉県の公立小学校に勤める、教職38年目のベテラン教員。時間外の業務を余儀なくされているにもかかわらず、残業代が支払われないのは違法として、県に約240万円の未払い賃金の支払いを求めて2018年9月に提訴した。
訴えに対して県側は、残業代支払いの義務はないと争う姿勢を示している。公立校の教員には月給に上乗せするかたちで4%分の「教職調整額」が支給されており、これにより正規の勤務時間内外の業務は包括的に評価されているとの見解である。

※公立校における時間外労働の法的な規定については、拙稿「残業代ゼロ 教員の長時間労働を生む法制度」を参照してほしい。

裁判の勝ち負けよりも大事なこと

【内田】今日は田中まさお先生に、裁判に至った経緯や思いについて伺いたいと思います。ストレートに僕の気持ちを申し上げると、田中先生が裁判を起こすという第一報を昨年秋にネットのニュースで知ったとき、本当に驚きました。そもそも勝ち目が薄い。というのも、いわゆる給特法(「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)をめぐる残業代の不払いについては、これまで教員組合が訴訟を起こして、負け続けてきましたよね。裁判で不払いをどうにかできるなんて、もう誰も考えてなかった。それでも裁判を起こそうと思った理由は何でしょうか。

【田中】働いたらお金がもらえる。そんなことは子どもだってわかることですよ。なのに、残業したところで「あなた、それは自主的にやったことだから残業代はありませんよ」なんて通用しないでしょう。僕は、子どもみたいなところがあるんですよ。単純に、「働いたらお金がもらえるはずだ」と。大人があれこれと言っているだけで、結局はお金を出したくないだけです。ただ、世の中の人たちはまだそのことを知らない。だからまずは、残業代が出ていないということを、日本中の人に広く知ってもらいたい。

【内田】裁判の勝ち負け以上に大事なことがある。まずは知ってほしい、と。