私は新卒採用の第一期です。就職活動ではことさらにベンチャー志向だったわけではなく、伝統的な大手企業からもいくつか内定をもらいました。ところが、グループ代表の荒井正昭と出会って「一緒に日本一の不動産会社を目指さないか」と熱く語られ、荒井の人間性とその志に惹かれ入社したのです。

写真=iStock.com/Nuthawut Somsuk

最初の一人暮らしは世田谷区三軒茶屋のアパートでした。勤務する事務所が世田谷区の三宿にあり、通勤は自転車で10分ほど。当時の住まい選びは、環境やスペックには関心がなく、働くうえで便利な場所というのが唯一の条件でした。現在では考えられませんが、入社から数年は早い時間に帰宅した記憶がほとんどありません。これから成長を目指すベンチャー企業ですし、採用面接でも「うちは猛烈だよ」と聞いていたので、それが当然だと考えていました。

最初の仕事は戸建ての販売営業で、他社が建てた物件を仲介して売っていました。しかし、入社1年目の12月、会社が土地の仕入れ・分譲を行う事業を積極的に進めることになり、私もグループ会社に異動になりました。

1日50件に営業をかけた駆け出し時代

はじめは用地の仕入れ営業を担当。担当エリアは品川区、目黒区、世田谷区、大田区などのいわゆる城南地区と、港区、渋谷区などの一部都心エリアでした。

まだ新人ですし、個人的には用地の仕入れについて何も知りません。会社の知名度も業界ではまだ低く、すべてが手探り状態でした。とりあえず用地情報が集まってくる不動産会社に飛び込み営業をかけ、「建売用地になる土地が出たらぜひ紹介してください」と頼んで回りました。多い日は50社ぐらいに顔を出しました。

半年後には月10棟ほど建てられる用地が手に入るようになり、年間100棟を販売できる見込みが立ち、2年目には10人を預かるチームリーダーになりました。事業のほうも掛け算のように大きくなっていったのです。この戸建事業が現在では当社の事業の中心になっています。

私が始めた営業スタイルは、現在では組織的に展開しています。さすがに1日50社は難しいですが、各担当は20社から30社を訪問しています。