行列店に並びたい人などいない

狂牛病の前は食肉処理場に行くと、肉を処理した後に廃棄された脊髄が簡単に手に
入ったもんだ。「どうせ捨てるんだから好きなだけ持って行け」って感じだった。

でも、今はすべて保健所の獣医が廃棄してしまう。

困ったのは、眼医者の卵だってさ。解剖の授業で牛の目を使いたいんだけど、もらえなくなっちゃった(編注・現在は豚の目玉を使用している)。

昔は、スタミナ苑から自転車で行ける範囲に、4軒くらい焼き肉屋があったんじゃないかな。でも、気がついたらうち以外全部なくなってた。

祝い事や給料日なんかには、近所に焼き肉屋があれば足を運んだもんだ。でも、今は違うんだろう。ある程度おいしくないとお客は来てくれない。日本という国が豊かになったんだ。

焼き肉屋はもちろん、他のお店がどんどんやめていったのは、この辺りの商店街から客足が遠のいたのが大きいね。近くにでかいスーパーができて、そっちを使う人が増えたんだ。そして商店街から人がいなくなった。

こんなへんぴなところにもだんだん建売住宅が増えて、住む人は増えてるみたいだ。だけど、近くに住む人はうちのお客にはあまりなってくれない。いくら家の近くでも、毎日行列ができてる店に並びたいなんて思わないだろ。僕だって、「いつかまた来ればいいかな」って思うもん。

開店3時間前から待つ客も

うちの店は予約を取らない。誰が来たって並んでもらう。有名なタレントだって、政治家だって、誰でもそのルールは変わらない。

ヘタすりゃ開店の3時間前から待っているお客もいる。暑い中でも、雪の日でも待ってくれるお客がいる。ありがたいことだね。だからその期待に応えるようにおいしいものを出さなきゃなって気が引き締まるよ。

なんで予約を取らないのか。それにはちゃんとした理由がある。

それは僕が若い頃の経験からきているんだ。うちの店の前にある薬局の社長は、僕がガキの頃からとてもかわいがってくれてさ、何くれとなく面倒を見てくれてね。この店を手伝うようになって数年経ってからも、よく「マコ、行くぞ」って、フラって店に現れては遊びに連れて行ってくれた恩人なんだ。

大人の遊びも教えてくれた。社長はギャンブルの達人でさ。本当にすごいんだよ。店に来て僕に金を預けて、「おい、マコ。今からこれを持って川口(オートレース場)に行ってこい」って言うわけ。いつも20万くらいはあったんじゃないかな。当時は電話やインターネット投票なんてもんはなかったから、代理で買いにさ。

レース場についたら公衆電話からジーコジーコって社長に電話をして、出走表を見ながら試走タイムを電話口で報告するんだ。試走タイムはレース展開の大きな鍵を握っているけど、それだけを鵜呑みにしたってもちろん当たるはずがない。だけど社長はしばらく悩んだあとに、「よし、これとこれを買っておけ」って買い目を指示してくれる。