席を遊ばせるのはもったいない
これが毎回連複の一点買いなんだから、驚いちゃうよね。なんだかなぁ、って僕も思うんだけど、その通りに買うと、これが当たる当たる! 持ってきた金があっという間に何倍にもなったりするんだからビックリしたね。
競馬で儲けた日は、まあ自分の金じゃないんだけどさ、その金を手にしたご機嫌の社長と浅草の場外馬券売り場から『三浦屋』って店まで歩いて、フグを食わせてもらったな。この店のフグがまたうまいのなんの。当時からフグはごちそうだったしね。いい思いをたくさんさせてもらったよ。
その『三浦屋』が絶対に予約を取らない店だった。聞けば昔からそのスタイルを貫いているという。僕も若かったからさ、こんなに人気だから予約取ればいいのにって疑問に思ったよ。だって客からしたら不便じゃない。
だから、あるとき「なんで予約を取らないの?」って女将さんにストレートに聞いたの。そうしたら女将はこう言った。
「お客なんて予約したって時間通りに来ないし、だいたい1人か2人が遅れてくるから全員が時間通りに揃わないよ。予約のためにその前から席を遊ばせておくなんて勿体無いじゃない。その間に一回転しちゃうよ」ってね。
秋元康の名言が生まれた瞬間
僕はごもっともだなぁって感心したよ。
その当時、僕は20代前半。スタミナ苑は今とは違って混雑するような店でもなんでもなかったけれど、その言葉が脳みそにこびりついてさ。
「僕の店がいつか人気店になったら、そのときは絶対に予約を取らないぞ」って誓ったんだ。それが現在のスタイルの原点。
芸能人だって、政治家だって関係ない。それだったら、月に何回も来る人を大事にしたほうがいいに決まってるじゃないか。
お店が知られるようになったのは80年代の最後、バブルのちょっと前からだね。放送作家の秋元康さんや作家の林真理子さんをはじめ、タレントや文化人が食べに来るようになった。
「一緒に焼き肉を食べるカップルはできている」って説を秋元さんが閃いたのも、うちで食べていたときだそうだよ。焼き肉って箸を使って、肉をひっくり返すこともあるじゃない。今はうちでもトングがあるけどさ。1度口にした箸を使うってことはさ……これも今や広く知られるようになったよね。
最初はみんな穴場や隠れ家的な感じで面白がってくれたかな。だんだん名前が知られるようになって、有名人がたくさん来てくれるようになった。
林真理子さんはうちの店を舞台に小説を書いてくれた。『四歳の雌牛』って短編はスタミナ苑が舞台だよ。